休業補償を切りたがる健保組合
渡 辺 譲 二 *

【概要】
 職業病性・頸肩腹症候群になり休業中のある患者について,健康保険の休業補償(6割,傷病手当金)が支給されていた.その健保組合から,担当医師に問い合わせがあったが,その内容が不当なものであったので,抗議し,一定の謝罪が回答された.その患者,医師の個別の問題だけでなく,診断・書類作成に対する実質的妨害,休業補償の抑制の意味もあるので,参考と問題提起のために報告したい.(なお,患者名,相手先の健保組合名,担当者・役員などの個人名及び特定の手がかりになりうる他の情報も迷惑にならないように伏せる.)

目次

1)

【いきさつ,周辺事情】

2)

資料 4点

@

 患者Aさんについて,健保組合から担当医院での問い合わせ.中に,不当な「言いがかり」があった.

A

医師(渡辺)による回答.

B

同,健保組合に対する,抗議,謝罪要求.

C

健保組合からの回答

4)

参考

【健康保険,健保組合の問題点】

【休業は原則的に薦めない】

1) いきさつ,周辺事情

 芝大門クリニック,しぼぞの診療所において,週6日,私渡辺譲二(医師)は慢性病(頸肩腕症候群,慢性腰痛,線維筋病症,五十肩他)の診療を担当している.その中には,数十人の労災,公務災害,健康保険傷病手当,生活保護,交通事故自賠責の患者がいて,担当医が作成すべき書類は膨大な量となる.それらは,すべて初診以来の経過,特に前回記載以降の経過を振り返り,今後の方針も立てるために,数時間を要することが珍しくない.過去の書類記載との整合性がない(症状部位が違う,増えた),あるいは記載に変化がない(症状が改善していない)などがあれば,いつも「打ち切り」を狙っている相手先担当者からのつっこみどころとなる.多くの患者にとって,十分でない書類のせいで補償が切られたら生活ができなくなる,虚偽や甘い判断をすると医師の氏名が公開され批判や処罰の対象になりうる.
 今回のように,定例以外にさらに特別の質問で長文の回答を求められると,極めて負担は大きい.もとより,混んでいる診療時間帯,15〜20分程度の診察時間は,診察・治療・とりあえずのカルテ記載に忙殺され 前後の時間帯も受診予定者カルテ参照,事後のカルテ記載・整理に時間をとられ,書類作成は,夜や休日を費やしての作業となり,時間的物理的のみならず,心理的負担も多大なものとなる.多くの医師にとっては,それらのほぼ非医学的な作業は興味もわかず,やりたくない仕事である.実際に多くの患者が,書きたくない,責任もてない,書けないと,医師から断られた経験を持つ.それに追い打ちをかける効果を持つのが,労基署や健保組合からの特別の問い合わせ状である.もちろん運営上必要なケースもあるだろうが,実質的にいやがらせの意味を持つものが多い.本当にその間い合わせが必要なのか,どのような基準で誰が質問発行者決めるのか,などについてこちらからも問いたい.
 私自身としては,鬱憤を晴らす,相手をへこますというような卑俗な動機ではなく,どの機関・組織に対しても,今後類似の質問や問い合わせには厳しく対応するぞという姿勢を明示するために,ここに経過をまとめた.同じ思いを持つ,医師・医療機関にも参考にして欲しい.

2) 資料 4点

@患者Aさんについて,健保組合から担当医宛の問い合わせ.中に,不当な「言いがかり」があった.(    は渡辺による)

2)資料@


芝大門クリニック医師 渡辺譲二様

●●健康保険組合

健康保険傷病手当金について

先生に診察を受けた下記被保険者から,先生のご意見が記された傷病手当金請求書が提出されましたが,その給付決定にあたり下記の事項について先生の追加ご意見を承りたく,ご多忙中のところ誠に恐縮に存じますが,別紙回答書によりご回報下さいますようお願い致します.

                     記

1.被保険者記号番号 ●●  2.被保険者氏名 ●●
3.傷病名 ●●         4.初診年月日 ●●
5.照会事項
当該被保険者は「頸肩腕症候群」にて平成20年○月○日から平成21年○月○日までの340日間傷病手当金を受給しております.
今回,傷病名「頸肩腕症候群」で平成21年○月○日から平成21年○月○日まで31日間の請求がありました.

療養を担当した医師が意見を書くところの労務不能と認めた期間の傷病の主状態および経過概要に「頸部および肩・肩甲周囲,体側(脇腹)などの療病,重苦しさ,頭痛,他に全身疲労,倦怠感が強い.軽負荷での悪化など症状不安定もあり,ひきつづき休養通院加療を要します.」とのご意見をいただいております.療養が必要であっても労務不能な状態でなければ支給されません.
@傷病名「頸肩腕症候群」を抱えながらも就労されている方はいらっしゃいますが,今回労務不能と認められた平成21年○月○日から○月○日までの31日間についての具体的な傷病の状態,またその傷病によるどういった症状により,この間を労務不能と認められたのか医学的見解について詳しくど教示ください.
A平成20年○月○日から平成21年○月○日までの期間について貴クリニックからの診療報酬明細書によりますと,投薬の処方もなく特に当該傷病についての治療はされていないと思われます.長期間に亘り労務不能とされながらも,投薬・治療をされていない理由についてお聞かせください.
B『ひきつづき休養通院加療を要します』とのことですが,就労可能となる見込みの時期についてお聞かせください.
お忙しいところ誠に恐縮に存じますが,上記3点につきましてご教示くださいますようよろしくお願い申し上げます.

担当 給付課 ●●(姓のみ)取●●

A医師(渡辺)による回答(患者Aさんに関する質問書(平成21年○月○日)に対する回答)

【質問1】7月の「具体的な傷病の状態,またその傷病によるどういった症状により,この間を労務不能と認めたのか,医学的見解について詳しく」

【回答】すでに質問の対象となった7月分書類に「頸部及び扁,肩甲周囲,体側(脇腹)などの療病,重苦しさ,頭痛,他に全身疲労・倦怠感が強い.軽負荷での悪化など症状不安定もあり,ひきつづき休業・通院・加療を要します」と書いたとおりである.補足すると以下である.
症状,所見:身体療病,頭痛は,当初からほぼ左が主である.痛みは,記載部位すべてに全期間一貫してというよりは,コリ感,だるさ,重苦しさなどの上に,中心的部位が時々によって変わることが多い.頚部,肩,肩甲周囲など疼痛部位には,触診でコリ,筋硬結が確認でき,圧痛がある.初診時に比して軽くなってはいるが,依然として残る症状は重い.
労務不能とした理由:(1)上記症状・所見が未だ就労可能とはみられない.
(2)症状の不安定さ:これまで回復に伴って増やし,なんとかこなしてきた家事・日常生活維持レベルを,少し度が過ぎると,どこかの部位に顕著な痛みが出て,全体的にも悪化することがある.立位,坐位の長時間保持もできず,まだ試してみるべき段階でもない.また体調・環境(天候)など外部要因でも症状悪化が見られる.

【質問2】「投薬の処方もなく特に当該傷病についての治療はなされていないと思われます.長期間にわたり労務不能とされながらも,投薬・治療をされていない理由」

【回答】当院の(私の),頸肩腕症候群の治療方針は簡略に言うと以下である.
低出力レーザー光治療:疼痛部位及びそれに影響している部位の局所的,具体的治療.(「抗炎症処置」に分類される)
療養生活指導:家事・作業・労働は一般に,姿勢保持,緊張持続などの悪化要因があり,他方,軽い運動やストレッチは治療的効果がある.最近の様子を問診し,症状や所見に合わせた生活,自分でできることなどの指導が重要である.

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クスリは,(1)当初にいくつか効果が期待できるものは試し,効果があれば継続し,さらに増量も試す.(2)抗炎症鎮痛剤などの対症療法的投薬は,治療効果がなく,基本的に使わない.抗不安薬,睡眠薬が症状一時悪化を緩和するような症例では使うも可.(3)他院で長らく様々な治療(投薬を含む)を受けたが効果がなかった人や,女性一般の中には部分的に,薬の服用を好まない患者もいるので,薬服用を必須とはしない.

【質問3】就労可能となる見込みの時期について

【回答】初診以降,症状改善はゆるやかながら継続的に見られている.ただしまだ不十分で,不安定な状態である.再就労はできるだけ早期が望ましいが,他方,多くの例では,無理な復帰によって,症状の著しい悪化,再休業に至るなどの失敗により,周囲の評価が決定的に下がったり,自信を失ったり,再々度の復帰の壁が高くなるなど,長期的には却って重大な損失となる.よって,十分に慎重な判断が必要である.
今後は,(1)21年内に,日常生活活動レベル(家事も)をあげ,家庭での坐位・立位継続時間を増やしたり,デスクワーク的なことをしてみるなどを試み,(2)22年春までにそれを段階的に増やし,就労可能となることが期待できる.
以上です.

平成21年○月○日 所在地:東京都港区○○ 名称:芝大門クリニック 診断医氏名:
渡辺譲二

B医師(渡辺),健保組合に対する,抗議,謝罪要求.
○○健康保険組合長,理事長 殿
芝大門クリニック医師 渡辺譲二
「○○健康保険組合」と組合責任者に対する,抗議,撤回・謝罪要求
平21年○月○日,「00健発00号」医師 渡辺譲二 宛て,について

まえがき
健保組合は,
1 従業員・組合員・被保険者から,高額の保険金を徴収・あずかり,その利益・福利・厚生を図るための組織である.
2 国の健康保険事業を代行する法人にして,厚生労働省,都道府県厚生局の認可により設立し,監督・指導を受けるもので,勝手に運営する私的・民間組織ではない.
3 よって,その運営,業務のあり方は,常に上記の原則を逸脱したり,特殊な様態であってはならない.

前提
「健保組合と医療機関・医師間の意思疎通の一般的・常識的ルール」が問題点であり,個別のAさんのケースという意味ではない.よって今後もこの具体的ケースについて論じたりするつもりはない.やりとりの中で,決して患者個人名を出さないようにしていただきたい.
私個人の名前は,医師として公的に活動しており,公表に問題はありません(貴組合側責任者氏名の公表も当然です).

いきさつ
患者(Aさんとする)について,このほど,貴組合から,質問書がありました.患者さんに迷惑がかからないように,とりあえず回答書を作成,別途に送付しました.
その質問書は,内容の数点にわたって極めて,失礼,不見識であると考えます.医療を実際に担当し,さらに頻繁に,多くの時間・労力を割いてこのような書類を作成する立場として,看過できないので,以下,抗議,「撤回・謝罪」要求と質問をいたします.
なお,この件は,次のように扱うつもりです.

当初の方針
(1)当初ウェブサイトなどに,固有名詞(組合名も)を出さずに公表.
(2)監督省庁に抗議,申し入れ,問い合わせ.
(3)貴組合の対応(返答の有無や内容も含めて)によっては,組合名,責任者氏名を含めて,
やりとり,議論などの内容をより広く公開する.
なお,現時点では私個人の抗議・要求ですが,今後広く貿同を呼びかけていきます(所属医療機関,法人,同分野や他の分野の医療関係者,患者,他団体・個人など).

「質問書(貴組合からの)」の内容について
ここでは,質問書や回答書内容を再掲はしないので,質問書と回答書を参照していただきたい.
1)「医学的見解」を求めるとはどういう意味か.すでに書いた書類の内容は「医学的」でないというなら,その根拠は何か.誰がそのような判断をしたのか.医師でないものによる,そのような職掌を超えた言動は不当ではないか.
当方は混雑が著しい中,短時間でもできるだけ充実した治療を心がけており,多数の書類作成は診療後,時間外や休日作業となる.傷病手当申請書の医師記載欄は,極めて小さく数行も書けないが,前回までの書類の記載や,初診以降の経過をふりかえり,慎重を期している.これまで他の患者も含めて,就労可否判断を含む書類は不備がないように十分に記載してきたつもりである.今回が初回ではなく,それまでも1年分ほどの記載をしてきたが,今回の件についてだけ,特別に問題とするのはなぜか.
ほとんどの疾患でも,まして慢性疼痛疾患ではなおのこと,検査値は一つの目安であり,就労可否や療養方針は,自覚症状や診察所見を主な根拠として判断される.症状の記載が大半であることを「医学的でない」と見なすのか.では,これまでのほぼ同様の記載(こちらは内容に自信と責任を持ってる)は医学的で妥当と判断してきたのか.
2)質問2に,「『頸肩腕症候群』でも就労されている方はいらっしゃいますが」という前書きをわざわざ前提としているが,その意図は何か.
頸肩腕症候群で,回復が進んだり,当初から軽度の患者が,就労しているのは当然である.
当方も,休業については,身体的条件は改善するが,現在の社会状況ではむしろマイナス面も多いので,できるだけしないように,また確実で速やかな復帰にするようにすすめている.
しかし「頸肩腕症候群は,休業しても短期のうちに再就労すべきであり,しないのはおかしい」は不当な言いがかりである.頸肩腕症候群は(慢性病や慢性疾患の大半も),同じ病名がついても,症状の重症度や,経過には著しい差があり,最前の治療をしても治癒の予測は難しい.
3)「治療をしていない」は,許せない侮辱である.「病気は薬を服用すれば治る,薬を処方することが医師の仕事,それをしないのはおかしい」という浅はかな考えは,頸肩腕症候群に限らずほとんどの疾患についても間違っている.社会常識を欠いているし,わずかながらでも医療に近い分野の担当者として恥ずべき発言である.
保険請求の項目として,薬の投与や検査があればよいという考えは,無駄で高価な投薬や検査を助長するもので,健保関係者の発言としてもおかしい.むしろ,処方がなくても,丁寧で重厚な治療が進むというあるべき医療の姿を妨害するものである.また保険請求にも,診察(再診),抗炎症処置,慢性疼痛外来管理などの項目があることの意味を理解しない,非常識なものである.

抗議
今回の質問書は,不当な内容であり,厳重に抗議します.

要求
質問書を撤回し,謝罪することを求めます.
求められた書類を相手の意図を汲んで短時間にごくさらっと片づけるのが,最も実際的・効率的です.今回のような不当な表現が,腹立たしいものだとしても,「浅はかな担当者の小賢しい出過ぎた真似,重箱の隅をつつくようなあら探しだろう」程度におさめておくこともできなくはありません.しかし,このような不快で時間を浪費するやりとりで,多くの医師が特に慢性疾患患者の診断書を書かない,就労不可判断はしない,という気持ちになります.つまり今回の「質問書」は,無知・非常識によるものでなく,実際的には「嫌がらせ効果」を持つ,ないしは意図しているものです.
また,このような公的文書は,通常,組織の責任者名を明示して発行されるものですが,それがありません.組織責任者として氏名を公表しても,なお同じことを言われるとは思えませんが,仮にこの件について無視や,あえて同じ内容を繰り返すなら,確信に基づいた言動とみなし,決着がつくまで徹底した討論を求めることになります.

質問
1)組合長(最高責任者),担当者の氏名(フルネーム)どこにも責任者の氏名が書いてないのは書類として不備があるし,相手先に失礼である.
2)質問書発行の根拠と経過 このような質問書を発した理由,何を根拠にこのような文書を発行したのか.発行基準(当然のことながら組織内にも定まっていると考えられる)を明らかにすること.(基準によったとしても)その判断をしたのは誰か,またはそれが会議の場合はその名称,構成メンバー氏名,その設置基準.
3)目的,用途 このような書類(当方からの回答)を何のために用いるのか.
検討する会議があるのなら,その名称と設置の根拠,構成員全員の氏名,部外者(外部委託)がいる場合はその所属先名(電話).
傷病手当不支給などの検討・判断をするのであればその基準はあるのか.
以上,「撤回・謝罪」要求と質問についての回答を速やかに求めます.
なお,すべてのやりとりは,文書にてお願いします.日中,診察時間帯の電話,面談,応対はお断りします.
平成21年○月○日 渡辺譲二 東京都港区○○芝大門クリニック

C健保組合からの回答

2)資料C
医師 渡辺譲二様
常務理事●●
●●健康保険組合」と組合責任者に対する,抗議,撤回・謝罪要求について(回答)

この度は,渡辺先生に大変失礼な内容のあるご照会書面を差し上げましたこと,申し訳ありませんでした.心からお詫び申し上げます.
渡辺先生がまえがきで述べておられますように,健康保険組合は本来国が行うべき健康保険事業を国に代わって行うもの,すなわち代行的性格を有する機関であります.
設立に当たっては厚生労働大臣から公法人として認可を受け,国との間に一般私法人とは異なる特殊な関係,厳重な監督関係が存在致します.厚生労働大臣は,健康保険組合に対し事業の執行等についての違反の是正,役員の解任または解散を命令することができること(健康保険法第29条)等法律で規定されているほか,その運営及び業務に関しては健康保険法ならびに関係法令通達に法り厳格に執行することが義務づけられているところです.
保険給付に関しては,被保険者の権利の保護が規定されている反面,傷病手当金などの保険給付の支給決定については適正な処理が義務づけられております.当組合における,傷病手当金などの給付の決定に際しては,健康保険組合連合会が行っている給付相談会での医師意見も参考としながら適正な給付の決定,事務処理に対処してきたところです.しかしながら,被保険者からの申請書に対して保険者である組合が適正な事務処理を行うには,どうしても療養を担当されました医師の先生方に再度ご意見をお伺いし,ご確認させていただかねばならない局面もございます。
このような場合にのみ,やむを得ず書面にて追加のご意見を伺い,給付決定の重要な判断材料としたく,ご協力をお願いしているところでありますが,このたび先生よりご質問の記述内容や表現について,極めて失礼、不見識、職掌を超えた不当な言動,不当な言いがかり,侮辱的であることのご示唆,真筆に受け止め反省すると同時に,このようにご指摘を賜りましたことを心より御礼申し上げます.
医療機関様への照会や対応のみならず,失礼かつ不快感を与え,組織の見識を問われかねるような事務処理が漫然として行われていないかどうか,当職の責任を持って,点検を行い,徹底して見直してまいりたいと考えております.
療養を担当されている医師の皆様方には,大変おいそがしいところ,ご協力をお願いしているものでありますが,当組合の運営は,事業主と組合員の皆様よりお預かりしております貴重な保険料財源をもとに行っており,給付の決定は,健康保険法に則り適切に実施することが責務であると考えております.何とぞ,事情ご賢察の上,今後とも特段のご協力を賜りたくお願い申し上げます.
最後でございますが,当組合の不手際により不快感を与えご迷惑をおかけしましたこと,あらためてお詫び申し上げます.

以上

ご質問への回答
質問1)組合長(最高責任者),担当者の氏名(フルネーム)
回答)
 健康保険組合理事長          ●●●●
 業務担当役員(責任者)常務理事   ●●●●
質問2)質問書発行の根拠と経緯
回答)
 経緯等につきましては,本文に記載のとおりです.また,照会発行は会議・合議ではなく,案件ごと稟議御しており,最終決定は常務理事が行っています.
質問3)目的,用途
回答)
 回答いただきました書面については,健康保険法による傷病手当金の支給決定(現行業務に対しての就労の可否)の判断のための参考とさせていただいております.

3) 参考

【健康保険,健保組合の問題点】
国民皆保険制魔の下,@被用者(つまり労働者)保険とA地域保険(国民健康保険,個人や個人事業主)があり.その中でも大きいものに.協会けんぽ(政管健保,3600万人),健保連(健保組合の連合,3000万人),共済組合がある.健保連の単位健保組合はもし赤字になり破綻したら,協会けんぽに移ったりする.
多くの健保組合は「医療費高騰」のため,赤字で苦しいと言われている.しかし制度の問題,どのように何に金が使われているかを抜きに,医療費が高すぎる,医者が儲けすぎているとするのは短絡的である.
例として某健保組合の概要を見ると,「組合員30万,扶養者18万人,六千社,社員平均50人,男子標準月額42万円,2ヵ所の直営健診施設,多数の保養所保有」となっている.ここに読み取れるのは,「若く単身,高給の男が多く,医療費はあまりかからない,業種からして身体不調となるとすぐ辞めてしまう.健診施設や人間ドックは医療機関でも超黒字部門でビジネスとして成り立つ.義務づけられている健診を他に委託するより自前の方が二重においしい.余剰金は保養施設名目で不動産として蓄える.多くの施設,組織で雇用や,役職も作れる.」
民間企業の健保組合は,ただし決して私的な組織ではなく,「国の健康保険事業を代行し,厚生労働省,都道府県厚生局の認可,監督・指導下」にある.組織運営は,組合なので,一応個人の意見も取り入れられるかのような形態になっており,労組役員が加わることもある.しかし,多くは,対応する会社(複数)の経営と同じであり,個人にとってみれば,健保組合に関して「民主主義」を実感したことがあるだろうか.健保連という健保組合の連合の巨大組織(三千万人)は,役員は大きい健保組合の理事長,顧問は経団連会長(キヤノンの御手洗富士夫),日商会頭,経済同友会代表で構成される.医療のIT化,効率化などを掲げ,中医協,社会保障審議会に代表を送り,重大な発言権を持つ.つまり巨大企業,財界,自民党そのものに近い.中医協は日本の医療政策を左右する組織であり,支払い側委員(国民という意味,他は,診療側,学者など)には,複数の健保連合組織代表と経団連枠もあり,大企業・財界は幾重にも委員を送り込んでいる.国民全てから自動的・強制的に吸い上げた金を,諸外国には例のない,高額の「最先端機器」検査,医療のIT化への偏重(「小泉医療改革」)へと流し込む仕組みになっている.
話を大げさに広げすぎたかもしれないが,要は,健保は決して国民,個人の健康のために機能するような組織に,どの段階でも,なっていない.仕組みや金の動きも見えにくく,チェックされにくい.「病気になったときにも積み立ててあったお金を使える…」というだけでなく,設立目的としてより積極的に「被保険者や被扶養者の利益・福利厚生の充実を図る」ことが掲げられている.しかし実場面では,医療機関に治療を任せて,金を払ってやる,しかもけちる,という対応が多い.医療機関は患者さんが受診した時にせいぜい頑張れるだけで,「本来は,患者(被保険者)やその生活を守るのは健保組合さん,あんたたちの役割でしょ」と言いたい.

【休業は原則的に薦めない】
慢性病疾患(頸肩腕症候群,慢性腰痛など)は,「適切な治療で必ず治る」,ただし「休めば必ず治る.休んでもいいから完全になって復帰せよ.長期休業しても治らないのは本人のせいだ.」などは間違いである.
慢性痛治療の三本柱として,私は(1)安静・休養,(2)薬,(3)疼痛部位などの局所治療(ストレッチ・軽い運動)をおすすめしている.
このうちもっとも重要なのは,(3)であり,他が欠けてもやむなしと考えている.ベストの薬でも半分くらいの人にしか治療効果がないなどもあり,薬も役立てばラッキーとしている.
安静・休養はもちろん重要であるが,仕事の休業は身体的負担軽減になるも,現代社会では,必ずしも良いことにはならない.「仕事で悪化したので休めばそれだけで回復する」との期待は,外れた時に(多くの場合休息だけでは治らない)却って落胆が大きい.周囲・職場からの評価が下がり,戦力外とみなされる.長期に経過しても復職の決断が難しい.復帰後に再悪化すると,この先もダメだろうと周囲も自分も極めて悲観的になる.退職,解雇となると,再就職が困難.以上は,日本社会の現状の側の問題であり改善されなければならない.ただ,仮に労働者の権利が十分に守られたとしても,長期休業にはマイナス面があり,できるだけ,通院治療,負担軽減,時間短縮の方が望ましい.もちろん前兆で食い止める,症状悪化させないような環境・条件を整え,できるだけ部分的にでも仕事をしながら回復を目指すのが望ましい.しかし,そうした配慮がほとんどないのが現状なので,実際には,可能な範囲での模索が必要だ.

* しばぞの診療所・大門クリニック
 くび肩ネット http://Kubi-kata.net

(社会労働衛生 Vol. 7-3 2010年第7巻第3号 NPO法人職業性疾患・疫学リサーチセンター)