■ 頸肩腕症候群の『診断スケール』 |
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渡辺 靖之
職業性疾患・疫学リサーチセンター 副理事長
芝大門クリニック 所長
診断、重症度診断は療養・治療の第一歩
頸肩腕症候群のチーム診療の中で医師の役割はまず診断することだと思います。
頸肩腕症候群という診断名を付けるだけならば、それは比較的簡単です。上肢作業者の頸肩腕症であって、頚椎椎間板症(頚椎症)、あるいは頚椎症性神経根症(頚椎椎間板ヘルニア)を鑑別診断すればよいだけですから。
しかしそうはいっても、そのための最低条件はあります。頸肩腕症候群の診断と重症度診断の仕方をある程度知っていること、および頚椎椎間板症(頚椎症)の診断知識・経験とを兼ね備えていなければなりません。
また比較的簡単なこと、といいましたが、頸肩腕症候群と頚椎椎間板症の合併している事例では、どちらがどこまでかという判断に結構難渋することはあります。その場合には、一度の診察では無理なので経過を追ってまた鑑別診断に着眼しながら診察し、画像検査(MRI検査)の助けも借りて、診断することが出来ます。
さて今私は、頸肩腕症候群の診断について述べ初めていますが、ここで「医師は診断するだけですか?」、「何か良い治療法はあるのですか。頸肩腕症候群はほんとうに治るのですか?」「何かもっと画期的な治療方法は無いのですか?」という質問が発せられるのではないでしょうか。実際にこの質問・疑問は毎日のように患者さんから発せられています。
そこで改めて言いたいのです。適切な診断こそ、療養・治療の第一歩なのです。このことをまず第一に言いたいと思います。
頸肩腕症候群に対しては、いわゆる特効薬や、これぞという治療法があるわけではありません。しかし重症度診断がきちんとなされれば、適切な療養区分の判断をすることが出来ます。すなわち重症と判断された場合には、休業休養や大幅な軽減勤務を指示します。それを基本にして薬物療法、受ける治療、自分でする治療法など、療養指導することが出来ます。
この療養・治療指導に沿って療養して行けば、頸肩腕症候群は必ず良くなるはずの病気なのです。
重症難治化した頸肩腕症候群の場合でも、休業休養開始して一定期間は休養初期悪化現象が見られ、その後は低値の安定期、そして上向きとなりリハビリ時期がやってきます。そしてそれなりの社会復帰は必ず成し遂げることが出来ます。
繰り返して強調しますが、診断というのは療養・治療の第1歩です。適切に行われた診察室での重症度診断はそれだけでまず、治療の第一歩と言っても過言ではありません。
頸肩腕症候群の鑑別診断:
さて、上肢作業者の頸肩腕症は、「頚椎症」でなければ、ほぼ頸肩腕症候群と診断することが出来ます。
手根管症候群・腱鞘炎(茎状突起痛)・上腕骨内外上顆炎・肩関節周囲炎(四十肩)・胸郭出口症候群など「限局性の整形外科疾患」は、頸肩腕症候群の一部分症であることが多いのです。
ただこの中で、肩関節周囲炎については判断が難しいこともあります。頸肩腕症候群の休業休養中に急に起きた肩関節周囲炎は偶然の合併症と考えたほうが良い場合もありますし、また発症の時期がはっきりとせずに肩関節運動制限が出現した場合には頸肩腕症候群の結果としての関節拘縮と考えられます。
また心療内科や婦人科で、「自律神経失調症・不定愁訴症候群・更年期障害」と診断されたが十分な納得の行かないひとの中にも頸肩腕症候群(職業性の慢性疲労・慢性痛・自律神経失調症)である可能性があります。
重症度診断はまず社会生活活動障害度で:
頸肩腕症候群は全般的な「慢性疲労、および慢性痛」による機能障害を主体とし、それにさまざまな局所障害も加わった病気と考えられますので、その重症度は、まず社会生活活動度という全般的なスケールで判定するのが良いと思われます。
そのスケールとして、私は「慢性疲労症候群」の程度表を借りるのが良いと思います。
頸肩腕症候群や非災害性腰痛症などの過労性疾患とはまったく異なる病態、まだ原因不明の疾患ではありますが、「慢性疲労症候群」の「社会生活活動度の程度表」は非常によく練られて作られた診断スケールだと思われます。
それを表1に示します。
表 1
疲労倦怠感の程度 (米国CDC作成 1988年)
0:倦怠感がなく平常の生活ができ、制限を受けることなく行動できる。
1:通常の社会生活ができ、労働も可能ではあるが、疲労感を感じるときがしばしばある。
2:通常の社会生活ができ、労働も可能ではあるが、全身倦怠の為、しばしば休息が必要である。
慢性疲労症候群はこの範囲内(PS 3〜9)
3:全身倦怠の為、月に数日は社会生活や労働ができず、自宅にて休養が必要である。
4:全身倦怠のため、週に数日は社会生活や労働ができず、自宅にて休養が必要である。
5:通常の社会生活や労働は困難である。軽作業は可能であるが、週のうち数日は自宅にて休息が必要である。
6:調子の良い日には軽作業は可能であるが週のうち50%以上は自宅にて休息している。
7:身の回りのことはでき、介助も不要ではあるが、通常の社会生活や軽労働は不可能である。
8:身の回りのある程度のことはできるが、しばしば介助がいり、日中の50%以上は就床している。
9:身の回りのこともできず、常に介助がいり、終日就床を必要としている。
頸肩腕症候群の多軸的重症度診断
頸肩腕症候群の重症度診断は、問診や他覚的所見によって総合判断されます。
そのための「スケール」はいくつでも、多くあった方が良いと思います。上記の「慢性疲労症候群」の程度表は借り物ですが、その一つです。
いくつもの「スケール」の結果を総合して頸肩腕症候群の重症度を判断する方法を、ここではとりあえず「多軸的重症度診断法」と名づけておきたいと思います。
これは日本産業衛生学会の頸肩腕症候群委員会の重症度程度表の方法とは、はっきり異なる新しい診断法として、ひとつの提案でもあります。
参考までに1972年(昭和47年)の日本産業衛生学会「頸肩腕症候群」委員会統一見解を示します(表2)。そこでは病像の分類という名で重症度分類を試みていますが、症状の発現順に度数が強まって行くように記載されていますが、必ずしも臨床経験に合わない点も少なくありません。はっきり言えばこの程度表は臨床の実際の重症度分類には有用ではないと考えられます。
例えば、度の(ロ)の筋硬結・筋圧痛などの増強又は範囲の拡大、及び(ホ)の筋力低下、これらは良いのですが、このロ、ホ以外の諸点については通常の頸肩腕症候群では一般的にはほとんど認められる所見ではありません。
また度の手指の変色や腫脹については、そうした事例は今では反射性交感神経性ジストロフィーと考えられ、非常に特殊な続発合併症として扱われなければなりません。
度では、そういうことから度の症状が出揃うと考えるのはおかしいのです。
また度の情緒不安定や睡眠障害は事例によっては身体症状が軽度でも合併することもありますし、まったく別枠の症状だと思われます。思考判断低下が頸肩腕症候群の症状として出現することは普通では経験されません。
要するに本質的には多軸的と考えられるいろいろな要素を、一つの軸だけで処理しようとしているための矛盾であると考えられます。
さて以下に多軸的診断のための自覚症状・問診のスケール、及び他覚的所見のスケールを示します。
表 2
頚肩腕症候群定義と病像
(日本産業衛生学会 頸肩腕症候群委員会統一見解 昭和47年)
頸肩腕障害
一、定義
業務による障害を対象とする。すなわち上肢を同一肢位に保持、又は反復使用する作業により神経・筋の疲労を生ずる結果おこる機能的あるいは器質的障害である。ただし病像形成に精神的因子及び環境因子の関与も無視し得ない。従って本障害には従来の成書に見られる疾患(腱鞘炎・関節炎・斜角筋症候群など)も含まれるが、大半は従来の尺度では判断し難い性質のものであり、新たな観点に立った診断基準が必要である。
二、病像の分類
T度 必ずしも頸肩腕に限定されない自覚症状が主で、顕著な他覚的所見はない。
U度 筋硬結・筋圧痛などの所見がある。
V度 U度の症状に加え下記の所見が幾つかが加わる。
(イ)筋の腫脹・熱感。(ロ)筋硬結・筋圧痛などの増強又は範囲の拡大。(ハ)神経テストの陽性。(ニ)知覚異常。(ホ)筋力低下。(ヘ)脊椎棘 突起の叩打痛。(ト)神経の圧痛。(チ)抹消循環機能の低下。
W度 V度の所見がほぼ出揃い、手指の変色、腫脹、極度の筋力低下なども出現する。
X度 頸腕のなどの高度の運動制限および強度の集中困難・情緒不安定・思考判断低下、睡眠障害などが加わる。
問診スケール
(1)産業衛生学会頸肩腕症候群委員会の症状調査表とそのスコア化
この症状調査表は頸肩腕症候群の症状が過不足なく網羅されていますし、調査や初診時の問診表として今でも非常に有用です。また以前からやっていることですが、スコア化して各表での点数、総点数を見るのも良い方法だと思われます。
(2)「慢性疲労症候群」の社会生活障害度表
前項で示したスケールです。これは頸肩腕症候群の場合にも社会生活障害度を直接的に問診するためにとても優れたスケールです。
(3)労災自己意見書
ある程度標準化されたフォーマットで(頸肩腕症候群の労災認定基準を意識して)書かれた労災申請用の自己意見書は、頸肩腕症候群の原因診断の最大の根拠となります。
他覚的所見のスケール
(1) こりの拡がり
「こり」を診察室で客観的に評価するというのは非常に難しく、それではカルテ記載も困難です。それで私はこりを調べるのではなく、「こりの拡がり」を調べるということに考えを変えました。「こりの拡がり」という概念です。
肩こりがよく見られる場所、そこは誰でも真っ先にこりを自覚する場所です。この部のこりの左右差を聞きながら触診して、弱い方を10点(基準点)ということにし、こりの強い方を10何点かに自己判定してもらう。例えば、ある事例でそこが左右とも10点にすると、肩甲部脇が10点、前胸部鎖骨の下は11点、腕(肘外側)は10点、腰部は8点で、ふくらはぎは6点というように。調べる定点を決めておきます。
こうするとカルテに「こりの拡がり」を記載できるわけです。また、診察室で患者さんの全身を調べることにもなりますので、患者さんの納得もえられます。時間的には、この診察法を標準化すれば、それほどの時間はかかりません。いそげば2、3分で出来ます。
ただし以下の項で述べる半身感覚障害やタッピングペインが広範囲に認められる場合には、「こりの拡がり」は調べずらいのです。
半身感覚障害の側は検査出来ないので感覚障害のない側だけで点数を付けます。すなわち半身感覚障害があるかどうかを診察時にまずチェックしてから、「こりの拡がり」を検査します。半身感覚障害有無の検出は瞬時に出来ます。
叩打痛(タッピングペイン)領域が広範囲であったり、叩打痛のポイントが数多い場合にも「こりの拡大」を調べるのはやはり困難ですから、この場合にも「こりの拡がり」検査はせず、叩打痛だけを調べてカルテ記載するのが良いのです。
(2)圧痛点(トリガーポイント)
「こりの拡がり」の検査というのは、筋・筋膜の触診というよりは、むしろ圧迫による「こりや痛み」の感じを自己評価してもらうものです。どちらかというと定点の圧迫検査でした。
一方、圧痛点検査というのは圧して調べるというよりは、検査者の触診によって被検査者の患者さんが自己申告によって、そこが痛みのポイントだという指摘することによってなされる検査です。ですから圧痛点検査は、圧する、押すというより、むしろ触診検査なのです。広い意味ではいずれも触診による検査ですが。
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圧迫する、押すという診察手技による圧痛点検査では、検査者によってグイっと乱暴に押すドクターと、弱く押すドクターとの違いがあって、検査者による変動が非常に大きいという欠点があります。
また圧する定点を決めておくと他の部位は検査しない、出来ないという欠点もあります。これでは発展性がないのです。
「こりの拡がり」検査や次に述べるタッピングペインマップ検査に比べると、圧痛検査(トリガーポイント)は診察の実際上やカルテ記載上での重要性はかなり劣ります。
しかし圧痛点という概念は否定するつもりは全くありませんし、やはり重要な診察所見、他覚的所見であることには違いありません。
特にこり感が最も強く自覚しやすい部位である項部、背部ではなぜか叩打痛が現れにくいのです。ですから後頭骨下部や肩甲骨上部は圧痛点として検査することが重要となります。叩打痛が現われにくい理由としては、今のところ圧刺激に対して過敏になっている筋・筋膜、靭帯が深いところにあるからだと思っています。
(3)叩打痛検査(タッピングペインマップ)
上述した、「こりの拡がり」診察法を何年間かやって来て、その結果このこりの上に叩打痛が乗っかって現われるようだと分かってきました。
その現われ方は非常に多彩ではありますが、ある程度の法則性もあるようです。
例えば頸肩腕症候群の場合の多くは、こりが拡がってきて、慢性化重症化してくると、首とか、鎖骨の下大胸筋のところ、それから肘の内外側、背中にまわると項(うなじ)のところ、肩甲骨の脇のところ、下半身では殿部、大腿部、ふくらはぎ、膝の内側、三里のつぼのところ、いろいろ多彩ではありますが、こういうところに叩打痛圧痛領域が出てきます。
多くの場合には左右対称的に拡がってゆくが、人によっては片側だけに拡がる。
左右、半身に拡がる傾向が強くて、ほとんど全身に、正常なところがないくらいまで叩打痛領域が拡がってしまった患者さんもおられます。全身に拡がる、という場合には徐々に拡大するというよりも、一気に拡がるようです。カタストロフィー現象も推定されます。
診察で圧痛点検査をするために、全身をくまなく触りそして押してみるというのはたいへん時間のかかる作業ですし、顔や頭、首とか胸、脇、それに手の先とか足の先というのは触って探るというのはなかなか難しい場所です。それに比べ、叩くというのはわりと簡単なのです。
例えば乳房の周辺とか、腋下部や内股はきわどいですし、くすぐったいですから、あまり触っていると患者さんも嫌がりますが、叩打法のトントンだと、簡単に全身くまなく検査できます。
私の言う叩打痛の場合には、指の頭で軽く叩く叩打法・叩打痛ですから、これを私は再発見したつもりなのです。
叩打痛にも強弱はたしかにあります。軽く叩くだけで反射的に逃げたり、検査者の手を払い除けるぐらい痛みを強く感じる場合もありますが、多くの場合はそのようなことはありません。かなり強く叩いても痛みではなく、響くとか、不快だとか表現されることもあり、強くなれば痛みになりそうだと思われるケースもあります。
強弱は確かにあるのですけれども、その程度評価は困難ですし、客観的に表示することはできません。今のところは、はっきりした叩打痛の領域の範囲だけをカルテに記載するわけです。
叩打痛の現われるポイントは馴れてくると、すぐに大体分かるというくらい、好発ポイントがあります。そのポイントは、脊髄神経や末梢神経の支配領域とは一致しません。また拡がり方としては、まず左右対称の法則があって、左右対称的に出現してくるのが不思議なくらいです。また半身側の法則があります。例えば、何年か前の頚椎捻挫で右側の項背部に叩打痛が現れた患者さんでは、何年後の今回の腰痛でもやはり右側に叩打痛が現われます。
このような法則性があるということは、叩打痛の出現、拡大には脊髄や脳などの中枢神経系が関与しているらしいということの、ひとつの理由になると思われます。
叩打痛の認められる部位では、痛覚過敏と言ったらいいのかどうか、なんらかの組織の痛覚が過敏になっているということだけは確実です。
昔から整形外科の教科書にある叩打痛というのは、かなり強く骨に響くほどにドンドンと叩きまして、響いて痛いと骨の病気、昔は多かった脊椎の結核ですとか、今で言えば骨腫瘍とか骨の病気ではないかというのが整形外科教科書的な見解です。
叩打痛の「痛覚過敏」の疼痛発現組織は、いろいろな患者さんで調べて見ると、皮膚の痛覚ではないのです。
叩打痛領域の表在知覚は、触覚、痛覚、温度覚をよく調べてみますと、それぞれ鈍感のこともありますし、過敏なことも両方あります。基礎疾患の時期によっても異なり、急性期と慢性期とかいろいろな時期によっても違うかもしれません。
では、どの組織の痛覚過敏なのかということなのですが、指先で軽く叩いて検査しているのですから、一番表面にある筋・筋膜から一番深いところの筋・筋膜まで多数重なって階層があるわけですが、その比較的浅い階層の筋・筋膜を刺激しているのだという印象を持っています。
叩打痛領域は、筋・筋膜が乏しい指先や足の先まで波及することもありますし、また脊椎棘突起に上に見られることもあります。ですから、痛覚過敏になっている組織は筋・筋膜だけではなく、靭帯組織や皮膚組織も巻き込まれているだろうと考えています。
叩打痛の再発の問題ですが、いったんは改善して消えた叩打痛領域が、再発ではいきなりいっぺんにどっと再出現する傾向があります。この現象は、個々の筋・筋膜が記憶していたということは考えづらいので、脊髄あるいは脳の中枢に記憶されている「防衛反応」ということが考えられます。全くの仮説ですが、このことも叩打痛の中枢説の根拠のひとつです。
さてこの項最後に叩打痛領域のネーミングのことですが、叩打痛という言葉は日本の医学教科書には昔からありますし、もちろん英語でもドイツ語でもそういう言葉はあると思います。しかし旧来の叩打痛は、骨の病変の検出法ですから、今私が提唱している叩打痛とは違います。それで将来は他の国でのコンセンサスも得られるようにとネーミングを考えました。
診察して先ほどのような身体図の上に叩打痛の分布を描くことを、タッピングペインマップとして一つの診察法として確立したいと考えています。マッピング・オブ・フィンガータップペインでもいいのですが。日本語にすれば叩打痛領域検査法ということになるのですけれども。
(4)半身感覚障害
はっきりした縦割り型の半身感覚異常は頸肩腕症候群の重症難治化のひとつのサインです。比較的珍しい他覚的所見ですが、このことに着眼してよく調べてみると、軽い半身感覚障害はそれほど少なくありません。
この症候も慢性疲労の進行に対するひとつの身体防衛反応と見ることもできます。
従来教科書的には、半身たてわり型の知覚障害(知覚脱失)は,神経学的にはヒステリ−障害のひとつとされていますが,ここでいう「半身感覚障害」はもう少し漠然とした知覚障害です。患者さんは「何か重い膜がかかったような不快な感じで,寒冷に敏感」であるなどと表現します。半身障害側の具合の方が,他側よりも悪いのです。
障害側の半身側では,こりの検査は困難です。痛覚過敏とは合併することもあります。
(5)頚椎、胸腰椎、肩関節運動制限
叩打痛領域が広範囲に及んでいる場合、筋・筋膜や靭帯組織はおそらく程度の差はあれ全般的に硬くなってくると思われます。
重症難治化した頸肩腕症候群の場合には、頚椎部、胸腰椎部、肩関節に関節拘縮が起きてくることは少なくありません。
私どもの経験では、頸肩腕症候群の経過中に肩関節が90度までしか上がらない、それも普通の四十肩、五十肩の経過ではないという患者さんが少なからずいます。
年齢も若いし、経過が違う。頚肩腕症候群の経過中に始まって初診時にはすでにみられたり、休業休養の経過中に出現してきた場合もあります。徐々に両側に起きるのです。
一側で、急性の場合には通常の肩関節周囲炎が偶然合併したと考えたほうが良いとおもいますが。
また頚椎の運動制限、胸腰椎の運動制限は軽重さまざまで、ほとんどの患者さんに起きている現象です。
頚椎運動制限は、これは患者さんによって制限される方向はいろいろです。オランダのある研究者は頚椎回旋制限に注目していますし、東京厚生年金病院整形外科のドクターは左右側屈の制限に注目しておられます。
私どもの臨床経験では、頚椎左右側屈が一番制限されやすいと思われます。その場合は、こりの強い側への制限のほうが強いのが普通です。再重症では全方向です。もちろん頚椎症は鑑別しての話ですが。
胸腰椎部の運動制限は、特徴があり、これは一番制限を受けやすいのは後屈です。
頚椎部、胸腰椎部、肩関節の可動域計測も急いで行えば数分で出来ますので、時々は行っておくべき検査法、診断スケールのひとつです。
(6)握力・背筋力測定
握力や背筋力は、毎回簡単に計測することが出来る計測値です。計測値の変動にはいろいろな要素があると思われますが、それはどんな計測値例えば血圧測定値の変動だって同じことです。
握力・背筋力計測値は、患者さんの症状経過と非常によく相関していると思われます。われわれの診療の実際では、最初の計測だけは指導して行いますが、2回目の診療からは患者さんが自分で計測して記入します。
これをいいかげんにやる患者さんはほとんどいないのではないかと思います。毎回ほとんど同じ数字という患者さんは今まで20数年間で2、3人だけです。そして逆にそういう患者さんには、またそれなりの問題があるかなと気づかされるわけですし、その記録にもなります。
毎回測ったものをグラフ用紙にグラフを作るのが一番良いのです。グラフにすると、症状経過と良く相関することがそれこそ目にみえて分かるわけです。
筋力発揮にはもちろん恣意は入る余地が大きいので、たいていの整形外科医からは意味が無い検査と思われているものなのですけれども、握力・背筋力は非常に大事な検査値なのです。高血圧の診療にあの血圧計がかかせないのと同じぐらい大事なことだと思われます。
握力・背筋力の他にピンチ力などの計測を増やすことについては、情報が増えるだけ良いということにはなりません。機器精度管理の面、継続した計測には面倒で不利という面があります。
局所障害診断
手根管症候群・腱鞘炎(茎状突起痛)・上腕骨内側上顆炎・上腕骨外側上顆炎・肩関節周囲炎(四十肩)・胸郭出口症候群はそれぞれに的をしぼって診断されなければなりません。
特に胸郭出口症候群は頸肩腕症候群の一部分症として非常に多く見られる病態であり、この病態が特に重い場合には、装具による治療や手術の適応の判断が適切になされることが必要です。(熊本大学整形外科の諸論文、ホームページなどを参照してください。)
検査所見
下記の検査はだいたい、いずれも鑑別診断のためであって、頸肩腕症候群の診断にとって特有の検査所見ではありません。
(1)X線・MRI検査:
頚椎症などの診断に有用だが、異常所見があっても頚椎症と確定して頸肩腕症候群を否定できるわけではない。頚椎症の診断も画像診断で行ってはならず、必ず診察所見によりなされなければならない。
(2)脳波、誘発電位:
頸肩腕症候群については何も分からない。
(3)筋電図検査(針筋電図、神経伝導速度):
頸肩腕症候群でも、胸郭出口症候群や手根管症候群で末梢神経圧迫が見られる場合には異常所見が認められる。
(4)筋硬度計、サーモグラフィー:
この二つの検査では、頸肩腕症候群の筋緊張の程度をある程度反映した結果が得られると期待できるので、今後検討して導入したい検査法ではある。
以上ですが最後に重ねて頸肩腕症候群の診断は、病名診断、鑑別診断、合併症診断も大事ではあるが、最も基本となるのは重症度診断であること、そのためにはいくつかの診断スケールによる多軸的な診断法によることが重要であることを強調したいと思います。
(社会労働衛生 Vol. 1-3,2003) |
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■ なぜ今職業病医療か |
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渡辺 靖之
職業性疾患・疫学リサーチセンター 副理事長
芝大門クリニック 所長
ひとくちに医療といってもいろいろな分野があります。
まず医療の中核は、地域にはりめぐされなければならない国民医療・地域医療だと思います。地域で安心してかかれる病院や診療所が欲しい、というのは今でも国民の切実な願いです。
そして各行政地域で奮闘している民医連の病院・診療の役割は、たんに安心してかかれる病院・診療所のひとつ、というのにとどまらず、いろいろな問題が持ち込まれる医療の駆け込み寺の役割や、地域医療民主化のひとつの中核になることを目指すことが大事だと思います。
市民の立場から医療をみると、救急医療のさらなる充実や、安心してかかれる医療の基礎づくりの根幹をなす医学教育や医学研究の充実も基本的な大きな課題です。医療の民主化の課題には、歴史的課題として決して過去のものにはなっていない、僻地医療、医療過疎の問題、結核など感染症の医療、公害医療、被爆者医療、ハンセン氏病医療などがあります。
職業病医療の重要性と医師層の中に見られる反感
さて中でも職業病の問題の重要性はいうまでもありません。なぜかというと、職業生活は人生、生活のほとんどの部分を占めており、人間の病気は職業生活を抜きにしては考えられないからです。
にもかかわらず、職業、業務と関連して起きる職業病は、現状ではあまりにも軽視されているのではないかと思います。
「軽視」というよりはむしろはっきりと「反感」であるのだと考えたほうが、今後の医療の前進のためにもよいのかも知れない、と思えるほどです。
この反感は労働者に対する支配層の反感によって裏づけられている根深いものだと思われます。そしてこの反感は医師層だけでなく、看護師や他の医療従事者層の中にまで深くみられるのではないでしょうか。従ってもちろんわれわれ自身の中にも浸透してきているので、絶えず自戒、思想闘争が必要と思います。
休業補償問題も医療のうち
職業病医療には補償の問題が必ず伴います。業務に起因する疾病であることが明らかになれば、通常の健康保険、国民健康保険では取り扱われません。患者・被災者自身にとっても、いろいろな意味で億劫で面倒なことですし、働けないのに補償を求めることに罪悪感を感じることが多いのです。
多くの職業病被災者はこれらのマイナス面を乗り越えて、労災認定の運動をして、その結果ようやく当然の権利である業務上認定をかちとることができるのです。
これに対応する医師、医療機関の側も、一種の億劫さ、面倒くささを感じるのは仕方ないかもしれませんが、それは少し良く考えればすぐ克服できるはずです。
ほとんどの医療機関は労災保険取扱いの指定を受けていますし、当然のことながら診療には必ず支払いの問題がつながっており、これは絶対に避けて通れない問題です。
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話は少し変わりますが、「全人的医療」というスローガンがあります。主に心療内科の分野でだいぶ以前から叫ばれています。この全人的というスローガンの言葉自体は結構なことですが、しかしこのスローガンで行われてきた診療の実体は患者の性格、素因、人格障害を重視するものだったのではないでしょうか。
真に「全人的に」をこころがけようとするならば、その患者さんの「仕事や生活」のことを考えなければなりません。仕事を続けていて、ほんとうに症状や病気が改善の方向に向かうのだろうか。休業休養の治療が必要だとすれば診断書も必要だし、休業補償の有無をも考えなくてはなりません。このことを考えないで何が全人的医療と言えるでしょうか。
さてごく最近のことですが、この問題をあらためて考えさせられた次のような事例がありました。
ある若い介護業務従事者の女性が、それまでは問題なく働けていたのですが、ある時、介護業務中に左肩甲骨部に痛みを覚えました。2、3日経ち痛みがますますひどくなったので近くの総合病院整形外科にかかりました。
診察を受け、頚椎X線検査、MRI検査を受けても診断がはっきりせず、同じ病院の内科で内臓疾患の有無も調べてもらいましたが異常なし。結論はとりあえず頚椎椎間板症の疑い、とのことでした。
診断がはっきりしないまま仕事に出ていっても痛みがひどくて仕事にならないため、二軒目の整形外科を受診しました。そこでは診察しただけで頚肩腕症候群と言われ、「老化、運動不足、職場のストレスが原因」、次は二週間後に来るように言われました。
これでは、仕事も出来ないままますます不安になって結局退職することにして休業していましたが、インターネットで頚肩腕症候群を検索して私どもの外来を受診しました。
痛みは上部胸椎部に認められ、胸椎捻挫(災害性)として休業治療を指示しました。
発症の契機と痛みの部位を見つければ比較的簡単に診断ができるはずが、医師が画像診断に頼ったり、介護労働即頚肩腕症候群という変な先入感から患者さんを混乱させ、不安にさせた事例ですが、これによく似たケースは後を絶ちません。
職業病から開ける病態解明
さてわれわれ人間の疾患と病気の関係は深いわけですから、職業病から見て行くことで病態解明の新しい面がきりひらける可能性も大きいと思われます。
まず粉塵と肺がん、職業癌、職業アレルギーなどの分野です。
私どもの過労性疾患の分野でも、長年数多くの頚肩腕症候群、非災害性腰痛症の患者さんを専門に見させてもらって、その臨床経験の中で慢性疲労、慢性痛一般の病態解明につながるヒントが得られたと思っています。
この号の頚肩腕症候群特集では、まだまだ発展途上ではありますが、現時点での私どもの見解を紹介させていただきました。
(社会労働衛生 Vol. 1-3,2003)
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■大門クリニック 働く人の駆け込み寺に |
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(「みんいれん」紹介全文)
「私は頸肩腕症と診断されつつ、辞められない事情があって毎日痛みと闘いながら仕事をしてきました。切羽結ってとうとう来月で退職することに」。昨年四月、芝病院の職業病科・過労性疾患外来を独立した芝大門クリニック。そのホームページには「助けて」という悲鳴のようなメールが次々と寄せられています。いまや労働者の駆け込み寺になっている芝大門クリニック・渡辺靖之所長に話を聞きました。
掲示板みて来院
「深刻な患者さんほど相談先に困っているのではないか」。以前から患者層が狭い範囲にとどまっていることに手詰まりを感じていたという渡辺医師。そんなとき知ったのは米国でのインターネットの活用です。
頚肩腕症候群(米国ではRSI=反復ストレス障害)の患者同士がホームページで情報をやりとりしていることを三年前に知り「これだ」と。そんな思いでホームページを立ち上げたのは昨年七月のことでした。
これまでのアクセスは25000件余、診療相談の「掲示板」でのやりとりは450回を超えました。相談は関東近辺だけでなく、岩手県や鹿児島県からも寄せられ、ほとんどの人がその後診断を求めて来院しています。渡辺医師は「掲示板」をみて「自分と同じだ」という人が多いですね」と語ります。
深刻さが違うと
「頸肩腕症候群の新患のうち8割がインターネットで相談してきた人。その半数は派遣労働者です」と渡辺医師。正社員と同程度の勤務なのに社会保険は未加入、加入していても休業と同時に解雇扱い、傷病手当や継続療養制度について何の説明も受けていない、など無権利状態に置かれている労働者たち。一方では正社員でも月の残業が100時間以上は当たり前など、過労性疾患を招く労働実態があきらかになってきました。
ファミリーレストランの店長・30代男性は、自分以外はすべてアルバイトという労働環境の中で、利益ノルマと人手不足を背景に連日の勤務を余儀なくされ、月間総労働時間は400時間にも及んでいました。慢性疲労と20kgの体重減で受診、休業療養したものの結局は退職せざるをえませんでした。
渡辺医師は「これまでの患者さんとは重症度・深刻さが違う」と言います。「ほとんど休業するかしないかの段階で、つらいからと退職してから来る人も多い。重症度診断の重要なスケールで言えば、男性で通常120kg以上ある背筋力が80kgにまで落ちているといった具合ですね(女性では80kgが40kgに)」。
双方向性重視し
一方通行の情報提供ではなく「患者さんと医療機関スタッフとの双方向のやりとりを重視している」という言葉どおり、診療相談以外にも療養相談や在宅介護など、計四つの掲示板を設置してさまざまな疑問や不安、悩みに応えています。 |
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また労災相談では労災専門のケースワーカーも相談活動を行っています。中には労災保険の適用をと助言した患者さんが、かかりつけの整形外科医に相談したところ「何を甘えてるんだ」と言われ、泣く泣く駆け込んできたという事例も。労働者としての権利を活用させるうえでも、クリニックの果たす役割は大きなものがあります。
職業病センター
一般の整形外科では頸肩腕症候群の診断を下すことはできても、重症度の判定までは困難なのが今の状況です。しかも頚肩腕症候群の専門クリニックは他にはほとんどない。だからこそ、少しでも役に立てるなら、と渡辺医師は日々メールに向かい合っています。
「芝病院・芝大門クリニックは民医連の労災・職業病のセンターと言われますが、じん肺診療グループも積極的に患者掘り起し活動を積み重ねてきています。頸肩腕症候群だって同じ。待っているだけではタメ。それでは本当に困っている患者さんに、私たち民医連の存在を知られることさえできないんです」。
ホームページから
A子「今年3月頃、左手をひねった際痛みが走りました。6月に入って手首、手のひら、指の付け根、小指の側面、指がぴくぴく痛み、さらに腕が肩から指先まで重く病み、ひどいと夜も眠れません。整形外科でレントゲン・採血・MRIと検査しましたが異常なし。接骨院にも通って治療してきましたが状態が変わりません。仕事は端末処理(PC等)や電話対応が主です。仕事を休むことができないし、あまりにもよくわからない名前を並べられ、会社の人に説明すらできない状態てlいます」
渡辺「胸部出口症候群(頸肩腕症候群の一部)が考えられますが、頚椎症も否定できません。手指にも症状があるので頚椎症性神経根症あるいは頚椎稚間板ヘルニアという診断名です。いずれにしても実際に診察してみないとはっきりしません。遠方でなければ一度受診して<ださい」
B子「頸肩腕症の場合、失業保険を貰うことは難しいのでしょうか。私は派遣社員で、失業保険がもらえないとなると、生活がかなり厳しいので、今とても悩んでいます」
斉藤(SW)「派遣の方の健康保険を任意継続にすれば、傷病手当はもらえると思います。総合的に考えて、安心して療養できるようにすることが肝心です」
(東京民医連機関紙「みんいれん」10月5日号より)
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■良い人、悪い人 ―痛覚の特殊性― |
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渡辺 譲二
職業性疾患・疫学リサーチセンター 特別研究員
医学博士
芝大門クリニック
「この人、良い人なの?悪い人なの?」
おとなのドラマを見て、子供が、そう尋ねることがあります。どっちでもないよ、などと答えると、小さい子は善悪がはっきりしていなく落着かないようです。童話や子どもむけマンガなどは、多くの場合、単純化(二元論的に)されてます。
人間の体にとっての情報にも、良い/悪いのどちらかしか担わないものがあります。生体防御の基本である免疫反応は、ある物質がその個体にとって良い/悪いのどちらかを決めつけることから始ります。
感覚の中でも、痛みだけは、中ぐらいがなくて、痛いか痛くないかのどちらかに分けてしまうようです。痛覚も、防御、危険回避の基本情報という共通点があります。
痛みは、外からの刺激では、触れた、熱い、冷たいが強すぎると感じ、咄嗟に手を引っ込めたりの反応に直結します。
(外からの刺激が無くても痛む、自発痛もあります)。その時は、痛いというだけで、内容的に熱いか、冷たいかは区別できないこともあります。そのような度の過ぎた刺激を侵害刺激と言い、やるべき反応は回避なので、質や程度は、意味が少ないのです。「痛み」を「がまんできない」状態とする定義があるし、半端な状態は痛みとは言えないのです。
痛みはなぜ信用されにくいのか
痛みの訴えは、あまり信用されないことがあります。長期化、慢性の痛みのほとんどは心理的なもの(気のせい)ないしは仮病だという見方をされることもあります。
感覚・知覚はどれも個人的な体験であり、他人には共有できないものです。美味しい、綺麗、いい響き、などと感じ、それを同じ言葉で言い表わしても、他人の感覚・知覚の内容は決して知りようがないからです。
元来、動物にとって、全ての感覚(視、聴、味、嗅、蝕、痛、深部感覚)は、動いたり、危険から逃げたり、エサを獲得したりという自分の行動を適切に遂行するための情報なので、全て個体だけのもので、他人に知って貰う必要はない情報だったわけです。
では、多くの感覚種の中で、「痛み」だけが不当に疑われたりするのはなぜでしょう。
痛覚の特徴を整理してみます。
1)感覚・知覚異常は、「痛み」はプラス、他の感覚はマイナスとして起きることがほとんど。つまり病的な状態は、「痛み」は、「ある」、他の聴覚、視覚などはない(聞こえない、見えない)がほとんど、ということです。逆に、痛みを感じない無痛症という病気、幻聴、幻視、のように無いはずのものを感じる精神症状も、例外としてあります。
2)閾値(感じる最弱の刺激)が、不安定で、くりかえしの再現性が悪い。
聴覚検査では、聞こえる音の強さは、同じ人、周波数(高さ)で、ほぼ一定です。弱い光が見える/見えないは、暗順応(暗闇への慣れ)時間によって、ほぼ安定しています。味覚、嗅覚、触覚などもです。ところが痛覚は、外的な条件を同じにしても、心理状態によって大きく感じ方が変ってしまうことが多いのです。
3-a)痛み以外の感覚は、「刺激の強さ」と「感覚器や神経の活動(反応)」の二者の関係が、広い範囲にわたって、なだらかな直線関係にあります。弱い刺激では弱い反応、中、強では中、強の反応が得られます。それが脳に伝わると、外界の刺激の強さを区別できます(例、弱い光から強い光まで、0.1
ルックスの薄暗闇から10万ルクス、真夏の直射日光、まで約100万倍の明るさを区別できる)。痛みでは、定量的な比較ができるような信号変換が最初からあまりありません。
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3-b)痛み以外の感覚は、刺激の強さのさまざまな段階を区別することで、より高次の情報を得ることができます。隣とのわずかな明るさの違いから、眼は、明暗の位置的コントラストを抽出でき、さらにそれから、物の形を知ることができます。かくして、暗闇でも、直射日光下でも(100万倍も明るさが違っても)、文字を見て、同じメッセージを読取ることができます。かすかなつぶやきでも、耳をつんざく大スピーカーでも、同じメロディーを聞くこともできます。
ただ、味覚、嗅覚はあまりそのような性質はありません。
3-c)感覚は、通常、位置(空間)情報を伴い、しかも極めて重要です。体性感覚(触、温、冷、痛、内臓、深部)では、位置は自分の体の中での位置ですし、視・聴覚は、自分の外の空間での位置を伝えることになります。味覚は、それがあまりありませんが、嗅覚は発達した動物では、源の位置もわかります。さらに、視聴覚、触覚は、感覚される多数の点の相対的関係から、対象の質や関係を知ることができます。どんな手ざわりのどんな形のものを触ったか、どんな形が見えたか、複数の音源の関係やそれが遠ざかる、近寄ってるなどを知ることができます。しかし痛覚では、体のどこという以上の、相対関係などの高次情報はほとんど得られません。
3-d)痛み以外の、特に発達した感覚(視・聴覚)では、刺激の強さよりも、その関係 から抽出する高次の情報に大きい意味があります。誰が、どんな大きさで発しても「こっちだ!」というメッセージは、その意味が重要です。ぎらぎらのネオンサインでも、かすれかけた鉛筆書きでも、「入り口」という表示は同じ意味の記号です。かくして、視・聴覚は、高等生物では、意思伝達の手段となり、相互にやりとりする記号(話し言葉、文字、身振り)として、「共有」を確信することが可能になったのです。会話が通じ、書いた文章を読取ってくれる相手の、視聴覚の異常を疑うひとは、いません。触覚は意思伝達にある程度使われますが、味覚、嗅覚、は内容を表現することができても、相互の伝達の手段にならない点は痛覚と同様です。
痛みの重要な意味
ここまで述べると、痛みが低級な感覚であるように思えるかも知れません。しかし、痛覚は生きるために最も基本的な感覚です。ある/なしに単純化して、危機回避の反応と素早く直結させる。信号が単純なので、少ない容量(関与する神経の量)で全身に広く分布させるという設計方針のようです。
痛みは、実際面でも、体の異常を検知し、他者(家族、医師など)に身体の不具合状態を伝える最も有用な情報でもあります。それが、信用されないことがある、中には悪用するひともいる、というのは、現代社会の「歪み」、「悲しさ」でもあります。
痛みの訴えに、できるだけ科学的裏づけを
痛みは、ある/なしのどちらか、と前述しましたが、それでも強弱はあり、その評価方法は多数工夫されています。ただし、やはり心理状態に大きく左右されることは動かし難いことです。では、今後、どうすればいいでしょうか。以下に、課題、方向性をあげてみます。
1) 痛みの領域の再現性を検証する、というのが大きい手がかりになりそうです。例えば、頸肩腕症候群での痛みは、個別の点の刺激で引起こされ(圧痛、叩打痛)ますが、その空間的拡がりという別な次元をとりいれることで、その再現性を検証し、客観性をもたせることが可能です。「痛い」という感覚は個人的なものですし、変動もしますが、痛いと感じる部位や領域は安定し再現性が高いようです。
2) 痛覚の原因、背景となる実体(その拡がり)を併せて分析、検査することで、さらに裏づけをとることができるし、痛みの本質に迫ることにもなります。局所の、温度、固さ、血流、酸素飽和度、神経伝導速度、発痛関与物質(乳酸、カリウムイオン、ブラジキニン、セロトニン、ヒスタミン、プロスタグランディンなど)の濃度、動態などです。
社会労働衛生 2003年第 1巻 2号
職業性疾患・疫学リサーチセンター |
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■ 職業病から学んだ慢性疲労・慢性疼痛の診かた |
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職業病から学んだ慢性疲労・慢性疼痛の診かた
特集 職業性疾患・疫学リサーチセンター
設立記念講演
渡辺 靖之
職業性疾患・疫学リサーチセンター 副理事長
芝大門クリニック 所長
はじめに
私は昭和43年に北海道大学医学部を卒業し、大学病院整形外科で研修しました。そこでは主に脊椎外科の先輩について助手の記載係で勉強していたのですが、その当時に、整形外科の病気ではないのですが首、肩、腕のこりの痛みの患者さん、若い女性の患者さんで、銀行員のキーパンチャーの方がたくさんおりました。中には非常に重症な方がおられて、これは病気なんだろうか、どんな病気なのだろうかということに興味を持ちはじめて、とうとう現在に至るまで頸肩腕症候群の臨床の仕事をやってきました。
当時の日本は、おそらく世界の歴史の中でもまれな高度経済成長期で、たとえば銀行員の方も、それまでは銀行に入ったらば1年目はこういう仕事、2年目はこういう仕事というふうに、だんだんと仕事を覚えて熟練して行くのですが、このころは銀行に入ったらすぐキーパンチャー室に集められてキーパンチャー業務をさせられたというふうなかなり特異な時代でした。
その少し前に、電話機・電話交換が非常に発達しまして、電話交換手さん。キーパンチャーの仕事に少し遅れてダイエーとか灘生協、大型のスーパーマーケットのレジ係り。当時のレジは手で打鍵入力していました。片手で荷物を取りながら打鍵する。そのような職種の人の間から、まずは腕、手の痛み、腱鞘炎ということで始まったのですが、手指や腕の痛みだけではなくて首や肩のこり、痛みがひどくなり仕事を続けるのが困難になるという罹病者が非常な多数にのぼりました。
やはりまず東京から始まり、大阪、名古屋という大都市から、小都市にも急速に波及していきました。私がいましたのは札幌。札幌にはやや遅れて波及してきました。札幌から、更に例えば釧路とか網走とか小都市に波及していきました。ということで東京、大阪、名古屋で、当時重症の患者さんたちを診ておられたドクターたちはだいたい私より5、6歳年上の方々で、今ではほとんど頸肩腕症候群の臨床から引退されています。私は少し遅れてこの道に入りましたので、今年ちょうど年男で還暦ですが、まだ定年前で臨床の現場に残っております。
頸肩腕症候群は「単なる肩こり、目の疲れ」ではなかった
頸肩腕症候群というのは、今でも「単なる肩こり、目のつかれ」というふうに思われている方も多いかと思いますが、頸肩腕症候群の中には非常に重症な方がいまして、こういうふうに言っても信じられないかもしれませんけれども、2、3年休業しても、それでも日常生活さえ不自由、就労はまだまだ先という方がかなりおられます。また中には5年10年と休業、療養しても職場復帰できない方もおられます。
頸肩腕症候群はもちろん一夜にして重くなるわけではなくて、こりやだるさは我慢して、痛みやしびれをだましだまし、病院にも通い治療院にも通い、なんとか働きつづけてだんだん重くなるものです。
日本では海外に先駆けて昭和40年代後半にはすでに、腱鞘炎とか頸肩腕症候群という病名がつけられ、職業病であろうということになり、患者さんとして、はじめに病院にかかる窓口は整形外科でした。しかし、教科書的にはっきりした他覚的所見が乏しく、また手術の対象にならない病気であり、窓口であった整形外科では馴染めない病気と考えられて、一部の精神科の先生方がつけた半分ノイローゼ、真のノイローゼとは少し違うということで「半ノイローゼ」。それから、職場に対応できない、今で言えば不登校のような病気ではないかということで「職場不適応」という考え方が広まったりもしました。
当時の整形外科、脊椎外科の中では一番のスターだった某有名医大の某助教授が次のように発言しました。「頸肩腕症候群というのは頚椎椎間板症(椎間板軟骨の変性、障害)の前触れ。そのうちに、半年か1年後には頚椎椎間板症になる。騒ぐほどの病気ではない」ということで片付けられそうになった時期もありました。
しかし先ほども言いましたように、休業休養しているにもかかわらず、何カ月、何年という長期間にわたって社会復帰できない非常に重症難治化した患者さんが、この時期には非常に多かったわけです。世界中でもこれほど多くの患者さんを経験した国はおそらくなかったと思います。
中村の病型分類
そのときに患者さんがたくさん集まってきて、その非常に多くの患者さんを丁寧に診ておられたのが東京民医連の内科医で、芝病院の先輩で、すでに引退された先生ですけれども中村美治がおられまして、頸肩腕症候群の重症難治となった人のタイプをこのように五つに分けました。
中村美治医師の頸肩腕症候群
重傷者の病型分類
反射性交感神経症(半身感覚障害)
広範筋硬症
瞬発力低下型
書痙型
疲労神経症・自律神経失調症
最も重症な――上から順番に重症と見ていいのですが――反射性交感神経症タイプ。半身縦割り型に感覚が「鈍い」のですけれども、その側が非常につらい。半身を切り取ってほしいというようなことをおっしゃっるような症状所見を持った患者さんがいました。
次に半身感覚障害はないが、全身すべての筋肉にこりが拡がって、長期の休養や治療でもこりが取れないというふうな広範筋硬症というタイプ。
3番目には、重なる点もあるのですけれども、握力や背筋力が非常に低下して、その回復が著しく悪い、全身の脱力を主としたタイプ。
4番目には書記作業者の手指痙攣(けいれん)、書痙(しょけい)と言うのですが、字を書こうとすると、手がこわばったり変に動いて字が跳ねたりして字が書けなくなる。右で書けないものですから左で字を書く練習をするけれども、今度は比較的早く左でもまた書けなくなってしまう、これは大昔から知られている書痙のタイプ。
五番目には、ともかく異常に強い疲れやすさ、倦怠感のタイプ。
この五つのタイプに分けられました。
私は当時整形外科にいて、従来知られている整形外科や内科の病気に「当てはめよう、当てはめよう」と考えていたのですが、それでは頸肩腕症候群、胸郭出口症候群、腱鞘炎などという整形外科的な病名診断は出来るのですが、それ以上の「深い」診断とはならずに悩んでいました。
そうした時期に中村先生の論文を読みまして、霧がどんどん晴れて行くように分かって行くというような気持ちになったことを、今だにありありと覚えています。中村分類を使ってみると、重症難治化した患者さんの病態がよりよく理解できるようになったわけです。
当時の東京は重症難治の頸肩腕症候群の宝庫みたいなもので、中村先生は多数の患者を専門的に診療した結果、臨床特徴を総括して以上の5つの病型に整理されました。
この5つの病型にはまっていればいるほど重症難治化しているわけです。また途中経過や回復具合は、この病型が薄れてくることで分かりますし、握力・背筋力の計測値が経過を見るのに今でも最も重要で必要不可欠な方法です。
頸肩腕症候群の診察室での身体所見
われわれ臨床医というは、病院のほうにいて、しかも診察室にいて患者さんが入ってくるのを待ちまして、患者さんの体を診察して自覚症状に見合った所見を見つける。それから検査で検査所見を見つけるというのが仕事です。
自覚症状やそのための障害の経過がいくら深刻であっても、他覚的所見や検査所見などの裏付けを取ることが出来ないと、自信をもって立派な病気です、と患者さんにも言うことができないし、診断書を書くことが出来ないのです。また重症度を判断することも出来ないわけです。
頸肩腕症候群の場合には職業病ですから、職場の上司が来たり労働組合の方が来たり家族が来たり、労災申請すると労働基準監督署からいろいろ聞かれて、本当に病気なのか、見通しはどうなのかということを聞かれますので、この点について非常に苦労したわけです。
私自身のその後の進路なのですが、整形外科というと、頸肩腕症候群の診療は片手間にやらざるをえませんし、もっとちゃんとした整形外科医になろうと思うと、整形外科の勉強をしなくてはなりませんし、手術も上手にならなくてはならない。整形外科医は、午後から手術に入ると、手術が終わったあと夕方には疲れ切ってしまい、なかなか勉強するというわけにいきませんので、忙しい整形外科をやっていたのではだめだということで、当時少しはやりかけてきた心療内科に替わろうかと思いました。しかしいろいろ調べまして、やはり身体の所見をきちんと把握するためには神経内科のほうがいいのではないかと考え、そちらを選びました。心療内科というのは精神科のようなもので、神経内科というのは脳外科の外科をやらない科目です。
当時北海道には、神経内科教室がなく、脳神経外科の中に神経内科診療班がありましたので、そこに入れてもらって神経内科の勉強をしました。
頸肩腕症候群に、何か検査で客観的につかめるのではないかと考えて、脳波や誘発電位や筋電図なども勉強しました。またその延長線で脳波の勉強を仕上げたかったものですから、思い切って、静岡に「てんかんセンター」がありまして、そこの先輩を頼って本州に出て参りました。
てんかんセンター、静岡東病院はてんかん病の専門病院、研究所です。てんかん、脳波では日本で一番やっていますので、脳波の勉強になるのではないかなと思いまして、2年間勤務し、勉強させてもらいました。しかし結果的には、脳波というのはてんかんの診断道具ではあるけれども、頸肩腕症候群とは何の関係も無いということがますますはっきりしました。
やはり患者さんをたくさん診ることしかないなということを決心して、東京民医連の職業病センターとなっている港勤医協芝病院で働かせてもらうことにしました。
芝病院では、すぐ自分の頸肩腕症候群外来も開いたのですが、そうたくさんの患者さんがいるわけでもないし、当時海老原先生が一人でじん肺の臨床をがんばっておられましたので、僕は病棟係で、じん肺診療のお手伝いも経験させていただきました。
当時は胃潰瘍治療薬シメチジンもまだ一般使用されていなくて、じん肺患者さんが、呼吸不全で苦しみ、その結果胃潰瘍になって吐血して亡くなる方も多かったことを思い出します。
それから、当時は芝病院には産業中毒、鉛中毒や慢性有機溶剤中毒の患者さんもたくさんおられまして、その患者さんも担当しました。
そうした職業病で苦しんで自殺された方、自殺を図られた患者さんも多くて未遂の方もおられましたが、亡くなられた既遂の患者さんは、私が芝病院に来て最初の7年間にちょうど7人もおられて、非常にたいへんな病気だということをつくづく思いました。
さて本題の頸肩腕症候群のことですが、私はできるだけたくさんの過労性疾患の患者さんを診ようと思って、東京の芝病院に参りました。
芝病院に来て多くの患者さんを診療して、やはりいろいろなことを考えさせられました。
やはりいの一番が自覚症状。仕事や日常生活の不自由度というのが、もちろん基本と思いました。ただし、これもただ漫然と問診すれば良いのではなく、システム化しなくてはなりません。芝病院の過労性疾患診療では長らく産業衛生学会頸肩腕障害問診表を用いて来ました。また日常生活障害度では「慢性疲労症候群」の症度表を用いています。
診察所見としては、身体を触ってこりと言っても、マッサージの先生たちの多くはこりがわかると言うのですけれども、私は何回も治療院に見学に行ったり、時間をかけて患者さんの身体中触るのですけれども、こりの程度がどうしても分からない。筋肉が発達しているのかこっているのか分からない。もちろん、ある程度のこと、いわゆる肩こりの部分などは分かるのですけれども、全身にわたってはどうも分かりづらい。
それから圧痛点というのが昔からある言葉なのですが、圧痛というのは強く押せばそれなりに痛いですから検査者によって非常に違いますし、良く分からない面があります。患者さんの身体をいくら触っても、この辺にこりがあると言えばあるし、ないと言えばない。圧痛点があると言えばあるし、ないと言えばない。そうするとカルテにはきちんと書くことができないわけです。これでは他覚的所見ということにはなりません。
眼精疲労ということもなかなかつかめない症状です。眼科受診して検査を受けても、せいぜい近視と言われるぐらい。眼科の治療に乗らない。眼科的にも頸肩腕症候群の重症度度を測ることは出来ない。
画像診断、レントゲン検査、CT検査、その後MR検査が普及してきましたが、これらの画像検査は、頚椎症などほかの病気を見つけるのには非常に重要な、といってもあくまでも補助ですけれども、頸肩腕症候群にとっての他覚的所見ではないのです。
握力と背筋力、あとピンチ力など筋力測定値ということがありますが、これは学校の体力測定でも使いますし、健康測定にも良く使われます。
握力や背筋力値が非常に落ちるということは、頸肩腕症候群が重くなればなるほど低下することはもちろんよく分かりますし、私自身も札幌時代から当然診療の中に用いていました。しかし握力、背筋力というのは患者さん自身が自分で測るものですから、重く見てもらいたい人は力を出さなければ出さないで済むわけです。それから測るときに、数字が良く出ても針を戻すとか、出てもきちんと書かないで低い値を書くことも可能です。そういう点で他覚的所見としては頼りない面が確かにあります。また計測すると、かえって腰痛が悪くなるので適当に測るということがあるのではないか、ほとんどの臨床医がまずはそう考えると思うのですが、私もやはりそういう考え方からなかなか抜け出せなくて、測ってはいましたけれどもそれほど重視しなかったのです。しかし、芝病院で中村先生と一緒に仕事をさせてもらって、一番目にこの問題に直面して考えて、次のように考えに至ることが出来るようになりました。
握力・背筋力の測定値の意義
握力や背筋力は毎回簡単に計測することが出来きる計測値です。計測値の変動にはいろいろな要素があると思われますが、それはどんな計測値、血圧測定値の変動だって同じことですが、患者さんの経過を見ていくと非常によく症状経過に相関します。
芝病院では、最初の計測だけは指導して行いますが、あとは患者さんが自分で計測して記入します。これをいいかげんにやる患者さんはほとんどいないのではないかと思います。 毎回ほとんど同じ数字という患者さんは今まで20数年間で2、3人だけです。しかし逆にそういう患者さんにはまたそれなりの問題があるかなと気づかされるわけですし、その記録にもなります。
中村先生は握力・背筋力計測を非常に重視しておられて、毎回測ったものを手書きでグラフ用紙にきれいなグラフを作っておられました。グラフにすると、症状経過と良く相関することが、それこそ目にみえて分かるわけです。
握力計はおそらく1、2万円。背筋力計も2万円ぐらいのものなのですが、たった4万円か5万円の道具で測れるもので、たいていの整形外科医から意味が無い検査と思われているものなのですけれども、これがやはり非常に大事なのだ、高血圧の診療にあの血圧計がかかせないのと同じぐらい大事なことだと考えることが出来ました。
握力・背筋力の計測値の重要性を受け入れるかどうか、この問題は私にとっても非常に重要なポイントでした。
握力・背筋力の計測値グラフの実際
武田紀子さんが中村式にまとめた計測値グラフです。棒グラフの一つが背筋力1ヵ月の最大最小で、全体で一年間の背筋力の経過です。見えづらいですけれどもここが80〜70kg。このへんが40kgです。背筋力40〜30ぐらいで休業療養した人が、休業してだんだん良くなって背筋力80kgぐらいに回復して就労する。その後また少し落ちるという、そういうグラフです。
線グラフが握力値の経過。握力は女性の正常値が右左とも大体25kgです。
握力は1ヵ月の平均値をポイントにしてグラフに入れるのですけれども、握力の場合も症状経過と同じ相関をするのですが、背筋力に比べると幅が少ないので分かりづらい。エキスパンダー伸展回数もグラフにいれます。
私は、日常診療ではこのようなにきれいなグラフを書かずに、めんどうくさがりやなものですから、だいたい数字だけを頭の中で追っていくだけです。本当はこういうふうにグラフを作るといいのですが、症状経過と計測値が本当によく相関します。このグラフを患者さんにも見せると自分の病状の実際の経過が良く理解できるし、療養の励みにもなるわけです。
まめな患者さんは自分で経過表を作ったり、中村先生のようにグラフにしている方もおられます。ほんとうに高血圧の人に血圧を測るようなものだというくらい大事な検査なのです。
こり、圧痛は計れるか?
頸肩腕症候群の診察室の診察所見としての「こり」というものは、客観的に見れるのかどうかというのがずっと問題でした。この点に関してかなり前から筋硬度計というのがありまして、各社が開発して実際すでにスポーツ医学とか産業医学には導入されています。
30万とか40万円くらいで、高いのでまだ買って使ったことはありません。実際に頸肩腕症候群への診療や健診への導入はおそらくたいへん難しいと思います。なぜなら、握力・背筋力測定値と違って統一的な標準値を設定しがたいとか、また例えば一定の姿勢で一定の部位、肩こりの部分を測定しても、その部分の測定値だけでは、頸肩腕症候群全体の重症度を推し量るのは無理だから、とか全身的に計ることが時間的にも技術的にも無理だろうなと考えられるからです。
しかし使い方によってはいろいろ意義がある可能性も考えられますので、今はぜひ買って試用してみたいと考えているところです。
さて、私たちの過労性疾患グループでは、「こり」というものは本当に客観的に評価できるものかということを検討してみました。
それは1998年のことでわりと最近なのですけれども、マッサージ師の方4名(黒岩、小日向、菅井、熊谷)それに武田さんと私、過労性疾患チームで検討いたしました。何人かの患者さんをマッサージ師の4人の方に、全身のこりを判定してもらいその判定結果を比較して検討するということを行いました。
こりの程度に点数を付けまして、ぜんぜんこっていないものを0で、非常に強くこっているのを4点というふうにしまして、その間は1、2、3点で、5段階。ひとりの患者さんを、4人のマッサージ師の先生に触診してもらいまして、頭の下から手足まで全身のこりを評価してもらいました。
その判定結果を検討してみますと、客観的という点では、まちまちだということが分かったのです。
結果の特徴を言えば、例えば普段に黒岩さんが担当している患者さんについては、黒岩さんでは評価がこるというほうに傾くのですが、自分が普段担当していない患者さんについては、あまりこっていないというふうに傾くという傾向がありました。
というわけで、全身のこりの客観的評価というのは非常に難しいというのがこれでわかりました。「こり」というのは、マッサージ師の先生たちに時間をかけて評価してもらっても、客観的に評価するのは無理。診察室で医師が評価してカルテに記載するのは無理なことと、それははっきりと諦めることにしました。 |
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「こりの拡がり」―こりの相対的評価法の開発―
それで今度は、「こりの拡がり」を調べるということに考えを変えました。「こりの拡がり」という概念ですね。
肩こりの部分、ここは誰でもまっさきにこりを自覚する場所ですね。
この部のこりの左右差を聞きながら触診して、弱い方を10点ということにしまして、こりの強い方を10何点かに自己判定してもらう。
例えば、図2−1の方の場合は項部が左右とも10点にすると、脇が10点、鎖骨の下は11点、腕は10点、腰は8点で、ふくらはぎは6点というふうに。
そういうふうにしまして、マッサージの専門家ではない運動療法の武田さんや若いドクターにも同じように検査者になってもらいました。
この検査結果は、ベテランの医師である私も含めて三人の検査者の結果はよく相関しました。この方法のほうが良いという結論になって、それ以来この診察法を標準化して診療に導入いたいました。
これでカルテに「こりの拡がり」を記載できるわけです。
またこうして、今まで診察室ではそれほどきちんとは患者さんの全身には触診が及んでいなかったのを、一応くまなく触るようになりました。それも目的意識的にです。しかも診察法を標準化できれば、これはそれほどの時間はかからないのです。いそげば2、3分でなんとかできるくらいです。
こういうふうにして全身を触診するようになりましたら、先ほどの「反射性交感神経症」の場合、半身がしびれている、鈍感だけれどもつらいという方では、半身感覚障害の側は調べづらいのです。それで感覚障害のない側だけ点数を付けることにしました(図2−2)。
図 2-1 図 2-2
図 2 こりの相対的評価
「こりの拡がり」検査にもまた問題発生
反射性交感神経症、半身感覚障害の場合には、あまり苦労せずに診察法上の問題点が解決できたのですけれど、患者さんの中には、まだ「こりの拡がり」の検査法が上手くできない人がいることにぶつかりました。
診察の度に点数がつけづらい、痛いといって逃げたり、15点と言ったり20点と言ったりで判定しづらい。どうして何回やっても分からないのだろうというような患者さんが何人もいまして、何かいつも検査がきちんとできないという方がいまして、困っていたのです。診察するこちら側も、診察されている患者さん側にも欲求不満が残る。
そういう時期に、私は元整形外科医だったものですから腰痛症も担当もしていますけれども、ある時入院患者さんで腰痛症で、それも腰椎椎間板症の患者さんが二人おられました。
一側の腰殿部が痛いというのは腰椎椎間板症ではほとんど当然のことなのです。そこが痛いというのは当然で、普通はそこを深押しをすると痛い。そういう圧痛点があることは珍しくないというか普通です。
しかしこの時の二人の腰椎椎間板症の患者のうちの一人のかたは、障害児学級の先生をされていた方で仕事中にギックリ腰を起こして、腰椎椎間板症という診断で入院安静加療中でしたが、急性期の痛みは退いて、慢性期に入っているはずなのに何でこんなに痛がるのか訝しいと感じ始めていました。この部位を少し触るだけでも痛いというのです。病室回診の際に軽い触診でさえも身体が自然に逃げてしまう。
またもう一人の方が、たまたま隣のベッドにも、もう一人同じ腰椎椎間板症で入院安静中の、職業は保母さんの方がおられましたが、この方もたまたま同じ側に、前の方ほどひどくはないのですが、やはり軽い触診でも身体が逃げるように痛がる方がおられました。
今までの腰椎椎間板症の痛みとは、どうも少し様子も経過も違うな、不思議だなと思っていました。
この事について、だんだんとはっきりと意識的に気付きまして、「問題であると明確化する」ことが出来ました。
「過敏性腰痛症」の発見
圧痛といえば圧痛ではあるけれども、普通の圧痛点ではない。
それで指の頭で軽く叩く、叩打というのですけれども、指の頭で叩くという診察をしましたら、この痛みの場所はかなりクッキリと境界が鮮明であることが分かりました。この範囲内では、押す、叩くなどの刺激に対しては非常に過敏です。患者さんの身体の他の部位にはそういう場所はありません。
慢性の腰痛症の中には、こういうケースが他にもいるのかも知れないと思いまして、外来で担当していた腰痛症の患者さんを同じ診察法、叩打法でどんどん調べてみました。
そうしますと、痛がりかたの程度は軽重さまざまですが、叩打痛圧痛の範囲がハッキリしていて記載できるようなケースは結構多くて、慢性の腰痛症(ほとんどは腰椎椎間板症でした)では10パーセントくらいの割合で見つかることが分かりました。しかもそれらの患者さんはほとんど全部と言ってもいいほど腰痛症としては重症難治化していることが分かりました。
カルテの記載例を示します。経験した中では、先ほどの二人の入院患者さんの場合には図のように叩打痛圧痛領域が見られました(図3−1、図3−2)。
図 3-1 図 3-2
図 3 過敏性腰痛症
また同じ腰椎椎間板症の場合でも、通常の椎間板性疼痛の範囲をはるかに超えて、両側の背中から大腿部まで叩打痛圧痛領域が拡がっているケースも見られました(図4−3)。この方の場合はその後も5、6年間ぐらい今も休業療養中です。しかし幸い今では叩打痛圧痛領域はかなり縮小してきており、日常生活活動度もかなり改善して来ています。
また通常の腰椎椎間板症では、痛みなどのために運動制限は前屈のほうに強い制限があるのが普通ですけれども、叩打痛圧痛領域を有する患者さんの場合の特徴として後屈の方が痛みのためにほとんどできない。
また背筋力が非常に低くて、なかなか改善してこない。そして何よりも叩打痛を認めるケースは、非常に難治化だということです。
腰痛症中でも多くは腰椎椎間板症ですが、その中に叩打痛圧痛領域が認められ、腰椎後屈制限が著明で疼痛があり、背筋力低下も著明、非常に難治化している、これらのセットで考えることが出来る一群を、とりあえず「過敏性腰痛症」と名前を付けました。
こうした病態はもちろん昔からあったに違いありませんので、昔私が整形外科の研修医だったころにはすでにもう死語となっていた「脊椎過敏症」、もしかしたらそれがこの「過敏性腰痛症」ではないだろうかと考えています。
頚椎椎間板症にも叩打痛圧痛領域
さて、叩打痛ということに着眼して診察してみると、同じ椎間板症ですが頚椎椎間板症のほうなのですけれども、やはり図のケースのように、頚椎の場合にもやはり同じように叩打痛・圧痛があるケースが見つかりました(図4−1)。
それからまた、上腕骨の内、外側上顆炎、手を使う仕事、腕を使う仕事、スポーツで肘が痛くなる病気なのですが、やはり普通の圧痛点を超えて、腕全体、しかも指先にまで叩打痛が認められる患者さんがいました(図4−2)。
図 4-1 図 4-2 図 4-3
図 4 叩打痛圧痛領域
頸肩腕症候群にも叩打痛圧痛領域
さていよいよ頸肩腕症候群ですが、頸肩腕症候群でもやはり叩打痛を認める患者さんが少なくない、かなり多い、ということが分かって来ました。
先ほどの「こりの拡がり」が調べづらいという話につながるのですが、叩打痛領域があるために「こりの拡がり」を調べづらいということが分ったのです。それで頸肩腕症候群でも、まず叩打痛を調べるほうが効率がよいのです。
頸肩腕症候群の場合には筋・筋膜のこりが元々の始まりですから、結果的に今から考えると叩打痛を認めることが多いのは当たり前だったのです。叩打痛は「こりの拡がり」の上に叩打痛が乗っかって現われるようだと分かってきましたがその現われ方、叩打痛の領域の拡がり方、は非常に多彩ではありますが、ある程度の法則もあるようです。
例えば頸肩腕症候群の場合の多くは、こりが拡がってきて、慢性化重症化してくると、首とか、鎖骨の下大胸筋のところ、それから肘の内外側、背中にまわると項(うなじ)のところ、肩甲骨の脇のところ、下半身では殿部、大腿部、ふくらはぎ、膝の内側、三里のつぼのところ、いろいろ多彩ではありますが、こういうところに叩打痛圧痛領域が出てきます(図5−1)。
多くの場合には左右対称的に拡がってゆく、人によっては片側だけに拡がる(図5−2)。
おそらくこの状態から左右、半身に拡がる傾向で、ほとんど全身に、正常なところがないくらいまで叩打痛領域が拡がってしまった患者さんもおられます(図5−3)。
図 5-1 図 5-2 図 5-3
図 5 頸肩腕 症候群にも叩打痛圧痛領域
診察で全身をくまなく触る、押してみるというのは非常にたいへんな作業なのですが、例えば顔や頭、首とか胸、脇、それに手の先とか足の先というのは触って探るというのはなかなか難しいのですが、叩くというのはわりと簡単なのです。
例えばおっぱいの周辺とかはきわどいですから、あまり触っていると患者さんも嫌がりますりが、叩打法のトントンだと、かなりきわどいことろでもくまなく検査できます。
叩打痛が全身的に拡がったケースの図ですが、見ると体毛のないところ全てに拡がっている。一時は体毛と関係があるのだろうかなどと考えたりもしましたが、そうでないのかも知れません。
叩打痛がほとんど全身に広がるという方も少なくなくて、そういう患者さんはもちろん例外なく重症難治化しています。叩打痛圧痛領域の筋・筋膜は全部硬くなってきますので、重症難治化がかなり続くと場合によっては関節拘縮が起きてきます。何人もの患者さんで肩関節が90度までしか上がらない。それも普通の四十肩、五十肩ではない。年齢も若いし、経過が違う。徐々に両側に起きるのです。
頚椎の運動制限、胸腰椎の運動制限は、軽重さまざまでほとんどの患者さんに起きています。
頚椎運動範囲では、これは患者さんによって制限される方向はいろいろです。オランダのある研究者は頭部回旋に注目していますが、東京厚生年金病院整形外科のドクターは左右屈の制限に注目しておられます。私の臨床観察ではさまざまです。再重症では全方向です。もちろん頚椎症は鑑別しての話ですが。
胸腰椎部の運動制限は、特徴があり、これは一番制限を受けやすいのは後屈です。
叩打痛の本態は何か
今までの話をまとめますと、疼痛過敏と言ったらいいのか、痛覚過敏と言ったらいいのか、ネーミングがまだ不確定なのですけれども、なんらかの痛覚が過敏になっているということが分かりました。
昔から整形外科の教科書にある叩打痛というのは、かなり強く骨に響くほどにドンドンと叩きまして、響いて痛いと骨の病気、昔は多かった脊椎の結核ですとか、今で言えば骨腫瘍とか骨の病気ではないかというのが教科書の記載なのです。
今日のテーマの叩打痛の場合には、指の頭で軽く叩く叩打法、叩打痛ですから、これを私は再発見したつもりなのです。
この方法は、全身くまなく触診で圧痛点を探っていくよりも非常に簡単迅速で、触診では触りずらいところも叩打痛では探ることができますし、圧痛検査ではおそらく検査者によってグイっと乱暴に押すドクターと、弱く押すドクターとの違いはありますけれども、そういう差はない、再現性が高い。したがって、先ほどからカルテの図でお見せしましたけれどもカルテで記載することも正確、簡単です。圧痛点の場合は(トリガーポイント)と言うのですけれど、それに比べると、叩打法、叩打痛のほうが有利だと思います。
しかし圧痛点は、確かにあるのです。叩打痛領域でないが、圧痛点だというのはやはりあります、ていねいに触っていくと。しかし圧痛点は必ずしも叩打痛ではない、ということも分かりました。叩打痛領域というのは点ではなくて、その領域にはすべて、どこを押しても圧痛がある。
圧痛という概念は否定する必要はありませんが、圧痛点、圧痛領域というのは、叩打痛領域にくらべると、かなりあいまいなで、再現性に乏しいのです。叩打痛というのは、臨床的観察をもっと詳しく経過を追って見てゆくと、どういうことが言えるのかというと、叩打痛にも強弱はたしかにあります。
少し叩くだけで逃げて検査者の腕を払い除けるぐらいの痛みの場合もありますが、多くの場合はそのようなことはなくて、かなり強く叩いてもなかなか分からないこともあるのです。響くとか、不快だとか表現されることもあり、強くなれば痛みになりそうだと思われるケースもあります。
強弱は確かにあるのですけれども、その程度評価は今のところ困難です。客観的に表示することはできないので、叩打痛領域の範囲だけをカルテ記載するわけです。
叩打痛の現われるポイントは馴れてくると大体分かる、というくらい好発ポイントがあります。そして叩打痛領域は、皮膚・脊髄・神経の、要するに脊髄神経や末梢神経の支配領域とは一致しません。それから広がり方には左右対称の法則と、半身側の法則などがあります。何年か前の頚椎捻挫で右側の項背部に叩打痛が現れると、何年か後の腰痛ではやはり右側に叩打痛が現われる。人間の体には右右という法則と、左右対称という法則が二つあるように思えます。そのような法則は決めなくてもいいのですが、僕にはそのような法則があるように見えます。これは、叩打痛の出現、拡大には脊髄以上の中枢神経系が関与しているらしいという説の、ひとつの根拠です。
それから痛覚過敏と言うことですけれども、皮膚の痛覚ではないのです。
叩打痛領域の表在知覚は、まず触覚、皮膚の表面を刷毛で触って調べますが、触覚と言います。それからピンで軽くつつくのを痛覚と言います。それから冷たいもの、冷たい金属で触っていますけれども、温度覚。これらの検査を叩打痛領域で調べてみますと、それぞれ、鈍のこともありますし、過敏なこともあります。両方あります。基礎疾患の時期によって、急性期と慢性期とかいろいろな時期によっても違うかもしれません。
叩打痛は筋筋膜痛を反映している
では、この叩打痛というのは何なのか、どの組織の痛覚過敏なのかということなのですが、皮膚・皮下組織の更にその下の層、すなわち筋・筋膜にほぼ一致するかなというのが、指先で軽く叩いて検査してみて、また皮膚知覚も検査してみた臨床観察からの一つの結論です。
筋・筋膜というのは、表面の皮膚から見ると、一番表面にある筋・筋膜から一番深いところの筋・筋膜まで多数の階層があるわけです。
叩打法というのは、その比較的浅い筋・筋膜を刺激しているのだろうという印象を持っています。
さて叩打痛領域は、筋・筋膜がまったくないわけじゃないけれども筋肉が乏しい指先や足の先まで波及することもあります。ですから、痛覚過敏になっている組織は筋・筋膜だけではなく、皮膚も巻き込まれているだろうと考えています。
それから叩打痛の再発の問題。再発の場合は、いったんは改善して消えた叩打痛領域が、再発ではいきなりいっぺんにどっと再出現する傾向があります。この現象は、個々の筋・筋膜が記憶していたということは考えづらいので、脊髄あるいは脳の中枢に記憶されている「防衛反応」ということが考えられます。全くの仮説ですが。
タッピングペイン マップ
叩打痛圧痛領域のネーミングのことですけれども、これでは地味だし分かりづらい。
この会もリサーチセンターというカタカナを使っていかないと、世界に発信するという構えにならないですね。
日本国内だけでもこういうことを、過労性疾患は、身体病であって立派な身体的他覚的所見があるのだということを認めてもらうのがなかなか難しいのですけれども、頸肩腕障害に関しては日本はダントツの先駆、先進国ですが、海外でも日本と同じようにあることは当然だと思います。
韓国とか台湾の報告はまだあまり見ていませんが、ヨーロッパ、アメリカでは産業医学の重要問題と見なされて久しいです。
叩打痛という言葉は日本の医学教科書には昔からあるわけですけれども、もちろん英語でもドイツ語でもそういう言葉はあると思います。しかし旧来の叩打痛は、骨の病変の検出法ですから、今私が提唱している叩打痛とは違います。それでネーミングも考えまして、他の国でのコンセンサスを将来は得たいということです。
タッピングペイン、タッピングペインマップ。診察して先ほどのような身体図の上に叩打痛の分布を描くことを、タッピングペインマップとして一つの診察法として確立したいと考えています。マッピング・オブ・フィンガータップペインでもいいのですが。
日本語にすれば叩打痛領域検査法ということになるのですけれども、これをもっと更に詳しく検討して、またネーミングも確立してゆきたいと思います。
以上で私の話は終わりますけれども、以上のことから、頸肩腕障害は身体病であってこうすれば立派に他覚的所見も把握できる。また頸肩腕障害は過労性疾患であって、慢性疲労の具体的現われのひとつのでもあり、また慢性痛のひとつの典型でもある、という渡辺仮説を最後に強調しておきたいと思います。
社会労働衛生 2003年第 1巻 2号
職業性疾患・疫学リサーチセンター |
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■ 一般の腰痛とは治療法も異なる過労性腰痛 |
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病院に通っているにもかかわらず、慢性の腰痛がいっこうによくならない人は、最近増加している過労性腰痛かもしれません。過労性腰痛とは正式な病名ではありませんが、仕事で神経を緊張させることが大きな原因となっいる腰痛を、一般の腰痛と区別して最近ではこう呼んでいます。治療法も一般の腰痛とは異なるので、まずは病気を正しく見つめることが大事です。
監修 芝大門クリニック
渡辺 靖之
過労性腰痛は職業病のひとつ
腰痛にもさまざまなものがあります。たとえば、ゴルフのようなスポーツで、スイングした拍子に腰を痛めることもあれば、年をとって背骨が老化したために変形性脊椎症と呼ばれる腰痛になる人もいます。胃腸障害や腎臓病、子宮筋腫などといった内臓の病気によって腰痛が起こることもあります。
しかし、20代〜50代くらいの勤労者世代に限って見れば、このようなスポーツや老化による腰痛はむしろ少数派です。ではこの世代にはどのような腰痛が多いかというと、そのほとんどは、重い物を持つとか、長時間立ちっぱなしで仕事をしているとか、1日中、机に向かって根をつめる仕事をしているなど、毎日の仕事に関係した腰痛です。いいかえれば、勤労者世代の腰痛の大半は広い意味での職業病といえるでしょう。
このような職業病としての腰痛は「災害性腰痛」と「非災害性腰痛」の大きく2つに分けることができます。災害性腰痛とは、たとえば、仕事で重い荷物を持ち上げたとたんにぎっくり腰を起こしてしまったというような場合です。このように因果関係が比較的はっきりしているものは災害性腰痛になります。
それに対して、同じ職業病でも徐々に進行し、仕事との因果関係もあまりはっきりしない腰痛もあります。これが非災害性腰痛です。非災害性腰痛は心身の過労が大きな原因となっているので、それをわかりやすくするため、最近では「過労性腰痛」と呼ばれています。これは整形外科の正式な病名ではありませんが、産業医や研究者などの間では、この呼び名が定着しつつあります。
神経性の緊張が大きく関わってくる
過労性腰痛は、仕事で「注意集中」、「正確」、「迅速」「反復」、「長時間」という5つの条件が重なったときに起こります。朝から晩まで、正確さやスピードを要求される仕事に注意を集中しなければいけないような状態が毎日続くと、肉体的な疲れもさることながら、神経の緊張、つまりストレスによる慢性疲労が起こり、それが筋肉の凝りとなって現れるのが過労性腰痛だと考えられています。
逆の見方をすれば、これらの条件が1つでも欠けていれば過労性腰痛は起こりません。たとえば、注意を集中しなければならず、しかも正確さや速さが求められる仕事を毎日続けている人でも、1日の労働時間が1時間だけと限られていたり、あるいは1か月に10日だけ働けばいいのであれば、おそらく過労性腰痛にはならないでしょう。
男女別に見ると、過労性腰痛が圧倒的に多いのは男性です。職業でいえば、宅配便の運転手やトラックの運転手などのように荷物の積み下ろしをする運搬業者、それに空港のカウンターやターンテーブルなどで、やはり荷物や貨物の積み下ろし作業に携わる作業員などに多発しています。一方、女性では、看護師やヘルパー、保母、それに旅客機の客室乗務員などにこの過労性腰痛が多く見られます。
レントゲンやMRIでは異常が見つからない
過労性腰痛がその他の腰痛と大きく違う点は、所見が乏しいことです。災害性腰痛やスポーツによる腰痛、老化が原因の腰痛は、筋肉や関節、椎間板などのどこかが捻挫したり傷ついたりしているため、レントゲンやMRIで調べればすぐに異常が見つかります。しかし、体や神経の慢性疲労によってじわじわと進む過労性腰痛は、これらの検査をしても異常が見つかりません。
本人はつらくて症状を訴えても、他覚的所見がなければ病気と認めてくれないのが今の医療です。そのため、過労性腰痛は、「どこも異常がありません」といわれて真剣に治療してもらえなかったり、うつ病や神経症(ノイローゼ)などの心因性の病気に誤診されてしまうことが非常に多いようです。
たとえ検査で異常がなくても、整形外科にかかれば、一応、鎮痛剤や筋弛緩剤、ビタミン剤などの飲み薬、それに湿布薬などを処方してくれます。また、うつ病や神経症による腰痛と誤診された場合は、抗うつ剤や抗不安薬などが処方されます。しかし、過労性腰痛は、そもそも主たる原因は仕事によるストレスにあるのですから、それを軽減しない限りいくら薬を飲んでもよくなりません。
病院をドクターショッピングし、薬をもらって飲んでもいっこうによくならないので、患者の中には、病院の治療に見切りをつけて、マッサージや鍼、整体などに救いを求める人も少なくありません。町の鍼灸院やカイロプラクティックが繁盛しているのは、時代を反映して過労性腰痛の人が増えているにもかかわらず、適切な治療が行われていないという証かもしれません。
過労性腰痛を診断する4つのポイント
過労性腰痛を治療するには、その前にまず正確に診断することが何よりも重要です。ただし、画像診断は役に立たないため、本人の訴える自覚症状と、いくつかの他覚的所見を合わせて診断を行います。
他覚的所見をつかみにくいのがこの病気の特徴ですが、診断するときには、次のような4つのポイントに着目します。それは、(1)凝り(筋肉の硬さ)の広がり、(2)タッピング・ペイン(叩打痛)、(3)半身の感覚障害の有無、(4)握力と背筋力の4点です。
1つ目の凝りの広がりは、まず首すじや背中などどこか1点を決めておいて、そこを指圧するように指で押し、そのときの痛みを10点とします。その上で、背中、腰、脚というふうに全身を押していって、本人が感じた痛みを点数で答えてもらいます。
たとえば、先ほどの首すじより少し痛みが軽いと感じたら「8点」、強ければ「12点」という具合です。この点数を図に記入していけば、凝りや痛みが体のどのあたりまで広がって、どこの部分が最も強いかということが客観的にわかります。
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図 タッピング・ペイン・マップ(叩打痛・圧痛領域)
指先で全身をトントンと叩いて、凝りがどのくらい広がっているかを調べる。過労性腰痛では、上記のような場所に叩打痛が現れやすい。
2つ目のタッピング・ペインも、やはり指先で患者さんの全身をトントンと叩いていって、凝りの広がり具合を調べるものです。この検査のいいところは、熟練を積まなくてもできるし、患者さんが自分で行なってもおおまかなところがわかるという点です。痛みが現れやすいのは主に図のような場所です。これも広がりが大きいほど重症ということになります。
3つ目の半身の感覚障害は、左右のどちらかの半身が何となく感覚が鈍い、触られると気持ちが悪い、いつも冷えている気がする、などといったもので、過労性腰痛の患者の約3%がこのような症状を感じています。この感覚障害がある側は、指先でトントンと叩いても感覚が鈍くなっているため、正確な診断ができないことがあります。医師はそれを知っておくことが大事です。
4つ目は握力と背筋力ですが、過労性腰痛の人はこれらが低下しています。健康な男性の平均値は、握力が左右とも40、背筋力が120、女性は握力が左右とも25、背筋力が70です。握力、背筋力を測定して、この値より低ければ低いほど重症と判断します。
レントゲンやMRIで異常が見つからない過労性腰痛も、このような方法によってちゃんと他覚的所見を得ることができるし、同時に重症度も判断できます。また、いわゆる仮面うつ病や神経症、それに仮病と区別することが大事ですが、この方法ならそれも可能です。心因性の腰痛の場合は、本人は「何となく腰が痛い」と訴えますが、実際に凝りの広がりやタッピング・ペインを調べても、身体所見が見られないものです。この点からも、過労性腰痛は心因性の腰痛とは全く別のものだということがわかります。
何よりも大切なのは休養をとること
過労性腰痛を正しく診断することがなぜそれほど大事かというと、1つには、一般の腰痛とは治療法が異なるからです。肉体的な疲れに加えて神経の疲れが大きく関与している過労性腰痛は、ぎっくり腰や椎間板ヘルニアのように鎮痛剤や筋弛緩剤、ビタミン剤を飲んだり、湿布薬を貼るだけでは治りません。
過労性腰痛の治療には心身両面からのアプローチが必要ですが、その中でもいちばん大事なことは、重症度を判断し、それに応じて休養をとることです。まず、前述の「注意集中」、「正確」、「迅速」、「反復」、「長時間」という5つの条件のうちの1つでもなくすように努力します。
症状が軽い場合は、職場に診断書を提出して、たとえば残業をやめて仕事の量を減らしたり、デスクワークだけに専念するよう指導したりします。重症の人には、思い切ってしばらく休業してもらうこともあります。
とにかく仕事による心身の疲れが最たる原因ですから、仕事を続けながら通院治療を重ねても効果はなく、むしろ悪化させたり慢性化させてしまうことになります。そうならないためにも、過労性腰痛と診断されたら、早めの休養・休業が大事です。
デスクワークによる慢性の腰痛に対しては、職場の椅子を替えたり、机の高さを調節したり、あるいは筋肉を鍛えたりするのが効果的とよくいわれますが、心身の疲れから来る過労性腰痛にはこれらの対策はあまり意味がありません。それよりも、1にも2にも休養です。
その上で補助的な治療として勧めるのは、マッサージや鍼灸、指圧、整体、カイロプラクティック、アロマテラピーなどです。これらの中から好みのものを選んで受けてもらいます。
そのほかに、自宅でストレッチをしたり、温泉に行ったりするのも、リラックスし気分転換をはかる上で有効です。
労災の認定を受けるのが難しい
過労性腰痛を正しく診断することが大事なもう1つの理由は、労災の認定が関わっているからです。災害性腰痛と違って、過労やストレスによってじわじわ起こる過労性腰痛は、仕事との因果関係を立証するのが難しいため、労災の認定を受けにくいのが現実です。
ところが、2001年の9月に、東京高裁で、日本航空の国内線旅客機の客室乗務員だった女性の腰痛や首、肩の痛みを労災と認める判決が出ました。
客室乗務員は、幼稚園の保母さんのように重い子どもを抱いたりするわけではなく、労働の過重性という点から見れば労災の規定に当てはまらない面がありました。ところが、この判決では、航空機という衆人監視の環境の中で働くストレスを、腰痛の原因の1つと認めています。つまり過労性腰痛が労災に当てはまると認められた点で、これは画期的な判決だといっていいでしょう。
仕事による心身の疲れで腰痛になり、痛くてつらいのに、検査で何も異常がないというだけで、気にしすぎだといわれたり仮病扱いにされるのは、本人にしてみれば不本意なことです。ましてや、それで仕事を休んだりしようものなら、「たかが腰痛ぐらいで」と同僚や上司の非難を浴びるでしょう。しかし、このように過労性腰痛というものがあるということ、そしてそれが労災に当てはまり、休養をとらなければよくならないことが理解されれば、患者も肩身の狭い思いをしなくてすみます。
今の段階ではこのような過労性腰痛を診断してくれる施設はまだ少数ですが、この概念が広く浸透すれば、慢性の腰痛を抱えてドクター・ショッピングする人も減ってくるかもしれません。
ハードワークが原因とわかっていても、特に今のような不況ものとでは、仕事の時間を短縮したり休みを増やしたりするのは至難の技といってもいいでしょう。しかし、疲れを蓄積させると病気をますますこじらせることになりますから、長時間の作業中にも意識して5分程度の休みをひんぱんにとるとか、連日の残業を避ける、睡眠を十分とるなどの配慮は必要です。そして、体を動かすことも大事です。ただし、疲れているときは、休日に無理してスポーツするより家でゴロゴロするのがいちばんです。
ヘルシスト 161 vol.27/No.4 より
平成15年7月1日 発行 |
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■ 職場のメンタルヘルス |
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現在、過重労働や人員不足、職場環境の変化などのなか、働く仲間のメンタルヘルスが大きな問題になっています。ひとりひとりの健康のために、職場のメンタルヘルスについて、職業病の専門家でもある労働共済連顧問の渡辺医師に、おたずねしました。
うつ病の早期発見、早期治療
私たち勤労者の職場のメンタルヘルスの第1番の問題は、「うつ病」の早期発見、早期治療と思われます。
まず自分自身は?それが大丈夫なら職場の同僚、上司は?妻は、夫は、両親は、子供たちは?
考えているうちにだんだん心配になってきますね。成人病の定期検診と同じように「うつ病」の定期健康診断、チェックが行われると良いですね。
うつ病のスクリーニングテスト
自分でチェックしてみようなんて考えたり、他人のことを心配している分にはあなたは「うつ病」ではありませんよ、きっと。
ですがとりあえず自己チェックに用いる問診表はあると便利ですね。いくつか見かけたこともあろうかと思いますが、問診表は簡単なほうが使いこなせることが出来ると思います。
ツングの問診表が有名ですが、問診項目数が多いし、私は「ミニ」が一番良いと思います。正式には、MINI(Mini-Internatinal Psychiatric
Interview)です。
ではまず自分自身をチェックして見ましょう。今この拙文を読み自己チェックしようとしているあなたは、おそらく1項目もあてはまらない人だと思いますが。
まずミニで自分自身や家族、同僚にテストをして見ましょう。三回もやれば、あとは本番です。うつ病らしい彼あるいは彼女にテストします。結果が基準以上の点数であれば、本人も精神科受診する気持ちが強くなると思います。
テストには応じてくれなくても、気になる人を思い浮かべて、チェックしてみて下さい。本人から直接聞き取りをしなければ、正確にはわかるはずはありませんが、彼(彼女)が「うつ病」なのかも知れないともう少し詳しく考えることが出来ると思います。
気になる人
あなたのまわりにいる気になる人。困った人(問題を抱えているように見える人)。
具体的に言うと、以前のような元気がなくなり、自分や家族の病気が理由で欠勤・早退・遅刻が増える。以前はキチンと出ていた会議も欠席がち。仕事の効率が悪く、ミスやトラブルが多そうだ。仕事がきつい、仕事をやめたいとため息をついている。そんな職場仲間、同僚、上司、部下はいませんか。
ひとりひとりのセンスが重要、仲間での集団の知恵も大事
職場や家庭で誰かひとり、まずあなたが「うつ病」を疑ってみることが大事だと思います。ひとりひとり、というかあなたひとりのセンスが重要です。
しかし仲間の集団の知恵も重要です。
私の職場では、月一度の疾患勉強会の中で「気になる患者さん、困った(?どっちが?)患者さん」というコーナーがあります。受診を中断している患者さん、経済的に困窮して困っている患者さん、職員とのトラブルが多い患者さん、最近元気がない患者さん、について出し合います。私ひとりで困っているより、もっと多くの気になる患者さん、困った患者さんが浮かび上がってきますし、具体的なアプローチの手立ても出てきます。
まず精神科医師へ
「うつ病」を疑ったら、おせっかいでもまず精神科への受診の具体的手立てを取ることです。まず本人が精神科医の敷居をまたぐことが治療の第一歩です。結果「うつ病」ではなくて他の診断がなされても、問題解決の一歩になることは期待できますから。
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うつ病は「精神病」だというおそれがありますから、自分はもしかしたらうつ病かなと思っても、すぐには精神病院を受診する気持ちにはなれないと思います。
今は街角や駅ビルにも精神科クリニックがあって、精神科の敷居は高くありません。それでも精神科は怖いという人は、診療内科や同僚や家族のかかりつけの内科医に受診して相談してみるのが良いと思います。
うつ病は今では精神病院に入院しなくても、良く治る病気だと考えてよいのです。おせっかいでも誰かが、受診の手立てをとることが大事だと思われます。
また、精神科クリニックの受診費用、処方箋などの費用についていうと、一般の内科受診とくらべていろいろな検査がない分、自己負担も少ないのです。
うつ病とは
「うつ病」の診断は、日本の精神科では今のところ米国精神医学会のDSM−?(精神疾患診断統計マニュアル第4版)の診断基準に基づいています。
しかしこれでは理解困難ですから、私なりに「うつ病」について解説を加えればこうです。
従来から躁鬱病といわれている典型的な「内因性のうつ病」も軽症であれば、「心因性うつ病」と画然と区別はつかないと思います。
従来の「抑うつ神経症」、「仮面うつ病」、新しいところでは、キャラクター障害にともなう「うつ病」も、おのおの典型的な場合は別にして、それほど判然と診断がなされるわけではなさそうです。「うつ病」というのはなかなか奥が深いんですねえ。
職場復帰の後
さて、うつ病の治療後に職場復帰した同僚に対しての職場や家族の対応は、あまり難しくはありません。職場復帰に際して主治医の精神科医師は、段階的な職場復帰の指示を出しているはずです。残業や時間外の会議出席の禁止、重い責任を負わないことなど。それさえ守れば、あとは普通か、むしろ出来るだけ声をかけてあげるくらいのほうが良いと思われます。
慢性疲労、慢性疼痛の場合は
付けたしですが、精神科の先生にかかっても、どうも「うつ病」らしくない。「うつ病」のようにも見えるけれども、どうも違う。調子の悪い原因は、長時間労働、交代勤務などによる「疲労困憊」であるようだ。または慢性疲労だけでなく痛みに悩まされているようだ、ということであれば「過労性疾患」の疑いが濃厚です。そういう場合には、私たちの芝大門クリニックがその道の専門家です。ぜひご相談下さい。
MINI うつ病のスクリーニングテスト
この2週間
1. 毎日のように、ほとんど1日中ずっと気分が沈んでいた。
2. 何に対しても興味がわかず、楽しめなかった。
3. 毎日のように、食欲が低下、または体重の減少が激しかった。
4. 毎晩のように、寝付けないとか、夜中や早朝に目が覚めた。
5. 毎日のように、動作や話し方が遅かったり、いらいらしたり、落ち着きがなかった。
6. 毎日のように、疲れを感じたり、気力がわかなかった。
7. 毎日のように、自分には価値が無いとか、申し訳がないと感じていた。
8. 毎日のように、仕事や家事に集中したり、決断したりすることが出来なかった。
9. この世から消えてしまいたいと思うことが繰り返しあった。
(※1か2がイエス、さらにイエスの合計が5つ以上の場合、うつ病の可能性が高い。)
労働共済連・顧問医師
渡 辺 靖 之
芝大門クリニック所長。勤医協・芝病院と芝大門クリニックにて、神経内科および職業病(過労性疾患)を診療しています。頸肩腕障害や腰痛以外にも慢性疼痛、慢性疲労の診療も行っています。
(労働共済連 2003年4月号 掲載) |
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■ 子どもたちの過労性疾患……… 目の疲れ・肩こり …… |
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芝大門クリニック所長・神経内科医
渡辺靖之(わたなべやすゆき)
◆ ヒトとして生きるには、いつの時代にも
いろいろな危険はいっぱいあった
私は、原始時代のヒトの一生、超古代史や縄文文化時代の人の一生、古代史や封建時代の人の一生、そして近世・近代の人の一生を、自分自身の人生と比較しながら想像してみるのがなぜかとても好きで、趣味にしております。そしていつも、ああ今で良かったなあ、とためいきをついて終わることにしております。
話は飛びますが、私は大学に入学してまもなくある青年雑誌を定期購読しました。この雑誌の編集長巻頭論文はいつも「三白追放」でした。三白追放とは白米・白パン・白砂糖の反対論で、その考え方に感化されて私もまもなく玄米菜食主義者となりました。実践しはじめたのはもう少しあとですが、60歳に近い今まで約40年間あまり節をまげずに玄米菜食人生を送っています。その理由はいろいろありますが、長生きしたかったから、お米を精白するのは糠を捨ててしまうことになるので勿体ないから、菜食の理由は生き物を犠牲にするのは最小限にしたかったから、などです。
ですから私は食生活のあり方は人にとって非常に重要なことと考えていることについては人後におちないと自負しています。
しかし日本人をはじめヒトの寿命が長くなった理由の第一は、食生活にあるとは考えておりません。私の考えでは、それは労働の軽減だったと思います。少年期から始まる家内重労働が少なくなって、現代ではそれは限りなく0に近く減っていますが、これが最大の理由だと思います。
例えば私が江戸時代の貧農に生まれていれば、成長して直ぐに弟や妹の子守り。子守りが無ければ田畠や山の仕事、夜は家の中で藁打ち仕事。両親と一緒に暮らす間は短くて、すぐに奉公に出されて、滅私奉公。そして結婚して子供をもうけて一生働きつづけて、だいたい50歳くらいで寿命が尽きてしまったに違いありません。あの松尾芭蕉翁でさえ51歳で亡くなっています。養生訓を書いた貝原益軒は当時としては非常な長生きをしたひととして有名ですが、上級武士や僧侶は小さいころから学問や訓練のために忙しく、家内重労働にたずさわることは少なかったのです。老化の原因となる紫外線も浴びませんし、もし疲れてはてても学問の最中はいねむりだって出来たかもしれません。
さて今の日本では家内労働はほとんどなしで勉強する時間や遊ぶ時間ばかり、食べるものには事欠かず、暑さ寒さも知らずの快適な環境条件が整っています。
現代は、日本人としての生き方の可能性が、昔とは比べものにならないくらいに拡がっています。社会の進歩とはこのことだと思います。
しかし、社会が進歩して環境条件は整ってはいますが、恩恵ばかりではありません。問題がまだまだ沢山、それも新しい問題や矛盾が次から次へと生じています。それはもちろん当たり前のことですが。現代の子供にもまだまだ多くの危険、落とし穴が待ち受けています。
その一つが、今回のテーマである子供の不健康状態、すなわち目の疲れや肩こりなどに悩む子供が少なからず見られる、ということだと思います。
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快適な環境の中に落とし穴も…
◆ 慢性の目の疲れ(眼精疲労)
眼科の教科書では目の疲れは眼精疲労と言われて、おおむね次のような記述がなされています。「長時間の目の使用で特に近見作業後,目やそのまわりに違和感を生じることを眼精疲労と言う。さらに作業を続けると眼痛をきたし,頭痛や頚部痛へと発展することがある。こうした一連の症状は,「目に関わる不定愁訴」の一つで,器質的異常がないか,まず十分な眼科的精査が必要である。
Eckardtの実験(1943)以来,近視は眼精疲労を生じないが,遠視および乱視は原因になると考えられている。VDT症候群では調節衰弱や,逆に調節けいれんを認め,また,ドライアイが症状を複雑にする。」
解説しますと、VDTとはテレビやパソコンの画面のことです。近視が眼精疲労の原因にはならなくても、近見作業すなわち読書やテレビ・液晶画面の見すぎは近視の原因になります。眼精疲労には当然のことですが重い軽いがあって、重症難治化した場合には調節衰弱、調節けいれんという非常に治りづらい状態になると考えられます。
◆ 慢性疲労(頸肩腕症候群)
私は職業性頸肩腕症候群の専門医ですが、青年期以下の若年者の頸肩腕症候群は診療したことはほとんどありません。診療したのは結果全然別種の病気、慢性疲労症候群、悪性リンパ腫でした。
ただ、私の診療経験の中には、中学高校のころから慢性疲労(頸肩腕症候群)が出現進行、悪化してきたと考えられる人が見られます。それはどういう人たちかというと、親の価値観や意向を子供ながらに先取りして、勉強や習い事で過重な負荷を続けたり、家族内外の人間関係に疲れ果てて来た人たちであろうと思われます。
単にテレビの見すぎや、ゲームのしすぎでは近視になることはあっても重症な慢性疲労(頸肩腕症候群)にはならないと思います。もちろんテレビの見過ぎ、ゲームのし過ぎ、運動不足が目や身体に良いわけがありませんし、目や身体の疲れやすさの原因の一つにはなると思います。
近視になる心配が…
◆ 重症度診断が重要
もし私が若年者の慢性疲労、慢性のこり、慢性痛の患者さんを診療するとしたら、成人例と同じように、まず鑑別診断が必要です。
鑑別診断で他の病気が診断されず、とりあえず心身の慢性疲労の結果の病的状態と考えられれば、次には重症度の判定が大事です。
重症度は次のようにして判定することが出来ると考えます。
まず問診で、日常生活・学校生活活動の障害度を判定し、次に身体所見を調べます。
それには「凝りの拡がり」、「痛覚過敏」の有無とその拡がり、「半身感覚障害」の有無と程度、握力・背筋力の測定値の推移に着眼することが重要です。これらの四点で身体所見を把握することが出来ます。
血液検査やX線検査・MRI検査、脳波検査は鑑別診断の方法であっても、慢性疲労や慢性痛を把握することは全く出来ません。
こうした問診と身体診察で重症度を判定します。適切な診断がなされないと、適切な療養・治療方針がたてられず、混乱したまま経過して本人や家族の苦しみも解決の道が見出せないのは成人の職業病の場合と同じであろうと思います。
◆ 目の疲れ、肩こりの予防法
どんな母親をこころがければよいのでしょうかと質問されたイギリスのある有名な小児科医で精神科医の大先生の答えは、「ほどほどに良い母親」でした。
子供たちは良きにつけ悪しきにつけ親の影響を強く受けるのはもちろんです。子供たちの食生活を含めた生活習慣も、学業も習い事も、スポーツについても親としては「ほどほど」にこころがけて関心を持ち、指導援助もほどほどに心がけて行えば良いのかなと思います。
あとは子供たちが自分で自分のこだわりを持って育って行くのだと考えればよいかと思います。
一生懸命本を読み、ゲームで遊べば目の疲れ・肩こりがするのは少しは仕方ないと思います。スポーツに熱中すれば多少の怪我は仕方ないこと、くらいに考えるのが良いかなと思います。
“ほどほどによい母親”に!
(食べもの文化 2003年3月号)
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■ 渡辺靖之所長、「食べもの文化」3月号の“今月の筆者訪問”で紹介されました |
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【本文です】
ご自身の役割を「病気の診断ではなく“重症度”を調べて、その人の仕事や勉強・生き方を支えること」と言われる渡辺靖之先生のご専門は、「神経内科」。職業性頸肩腕症候群(しょくぎょうせいけいけんわんしょうこうぐん)をはじめとして、整形外科では判明できない「複雑な」肩こり・腰痛を訴える患者さんを多く診ています。
そのような症状の一番の原因は“注意を集中し続けること”。特に現代のように照明も明るく机・椅子も快適で、パソコンのキータッチも軽いという環境では、そんな状況をダイレクトにつくってしまいます。そして、子どもの頃から“注意集中”“迅速に”“正確に”を繰り返していると、頸肩腕症候群予備軍となってしまうかも_。
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先生はその可能性として「依存症」を例にお話してくださいました。「勉強でも習い事でもスポーツでも、それさえしていれば“いい子”でいられる。親も学校の先生も自分も満足できるから、反発もせずに“仕事的勉強”を続けてしまう」 _後になって病気にかからないために、「何事もほどほどに!」渡辺先生からのメッセージです。
〔渡辺先生のご連絡先〕
芝大門クリニック 03-5425-6855 http://www.mmjp.or.jp/shibadaimon/
(水野愛・本誌編集部)
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■ なぜなんだ? 検査では異常ナシなのに腰、肩、背中が痛い |
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医者に検査してもらっても「異常なし」といわれるのに、しつこい腰や背中の張り、肩こりなどに悩まされている人が急増している。「芝大門クリニック」の渡辺靖之所長は、これを"過労性疾患"と命名し、独自の方法で隠れた病気と重症度を判定。生活指導による改善をめざしている。
首の後ろから背中・腰・足までとか、のどのあたりから腕までなど、広い範囲にわたってこりや庄痛がある。疲れやすく、脱力感があって、頭痛、不眠も生じる。そんなつらい思いをしている人は少なくないのだが、病院に行ってエックス線やMRI検査を受けても「異常なし」といわれる。これが過労件疾患の特徴だ。
「傷や炎症、神経の変性などない場合、多彩な症状はあっても、通常の整形外科の診察によって診断するのはむつかしいのです。私は、こりの広がりのチェック、痛覚過敏検査、握力・背筋力の測定の3つの診察方法で、過労性疾患を、頸肩腕症侯群、背腰痛症、自律神経失調症の3つに分けて重症度を判定します」(渡辺所長)
複式呼吸をやってみせる渡辺靖之所長。
こりの広がりのチェックでは、左右どちらかのうなじ(首の後ろ側)のこりを基準点の10点とする。うなじからふくらはぎまでを指で押して、患者に各所のこりを点数で評価してもらう。こりが強く筋肉に異常がある場合、痛みが過敏な部分がある。痛覚過敏検査は、痛みを感じる範囲を知る方法。体の各所を指の頭で軽くたたいて診察する。
「握力・背筋力は、数値を1カ月単位で見ることで病状の変化を把握できます。数値が低下すれば、仕事を大幅に減らす、あるいは休業が必要という目安になります。逆に上昇すれば、病状改善の目安になるのです」(渡辺所長) |
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パソコン入力業務が一日の大半を占める40代のA氏は、肩から背中にかけてこりがひどく、ひじに痛みがあった。握力は左右とも30キロで、背筋力は100キロだった。
「中等度の頸肩腕症侯群で、勤務軽減が必要な状態でした。この年代の男性だと、普通に勤務するには左右の握力が各35キロ、背筋力が100キロ以上はほしい。左右の握力が各20キロ、背筋力が80キロを切ったら、少し休養が必要です」(渡辺所長)
あるメーカーの管理職である50代のB氏は、腰痛と全身けん怠感を訴えて受診した。「3つの検査の結果はやや標準を下回る程度でしたが、聞いてみると下痢と便秘を繰り返す過敏性腸症侯群の症状もあったので、自律神経失調症と診断しました。精神的ストレスの蓄積は、腰痛の大きな原因にもなっているのです」(渡辺所長)
それでは過労性疾患と診断されたら、どう対処すればいいのか。
渡辺所長が勧める生活改善法は次の通りだ。
(1)仕事を長時間続けず、意識的に1時間につき5分程度の休みをとる(2)一日8時間以上の睡眠をとる(3)疲労感が強ければ、休日は運動するよりもゴロゴロして過ごす(4)複式呼吸法を毎日の習慣にする。
「やり方は、まず15秒間、鼻から肺いっぱいに息を吸い込みます。次に体をゆるめて肺に入った空気をおなかに落とし、5秒間我慢します。そして10秒かけておなかを引っ込ませて息を吐き出すのです。30秒で1セット。私はこの腹式呼吸法を1日20回、電車の中や信号待ちの時にやっています」(渡辺所長)
これを実行すれば、症状もグンと楽になるはずだ。
(2002年11月22日 日刊ゲンダイ) |
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■ 過労性腰痛を調べました |
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当医院のホームページにより、朝日新聞が取材に見えられました。その内容は、2002年10月28日付朝刊「科学・医療面=元気・過労性腰痛を調べました」の記事中にて紹介されました。
【記事の内容】
芝大門クリニック(東京都港区)は、過労性腰痛や首・肩・腕の障害の治療が専門だ。渡辺靖之所長は「十分な休養によって患部や全身の症状が自然に回復していく『休養効果』を高めるための運動は、効き目がある」と言う。 |
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腹筋、背筋の強化が目的で はなく、リラックスして心地よい心と体の感覚を得ることが大事だという考え方だ。渡辺さんは呼吸法を研究し、患者に指導することもある。
「医学的に、呼吸法が腰痛 に効果があることが確かめられているわけではない。しかし、腰痛とともに冷え性や便秘などの症状がある患者さんには、喜ばれています」
◆ 呼吸法については、ここをクリックして下さい。
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■ 過労性疾患の運動療法 |
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芝大門クリニック
武田 紀子(運動療法士)
渡辺 靖之(医師)
はじめに
芝病院は、1978年に東京民医連の職業病センターとして東京社会医学研究センターが建設されて以来、共同して職業病医療に取り組んできた。
社医研センターの設立を機に大田病院、鬼子母神病院などで過労性疾患医療に携わっていた医師・相談員・治療スタッフを、芝病院に集中して診療がおこなわれるようになった。
以来芝病院での過労性疾患の治療は「受ける治療」として鍼・マッサージ・温熱療法、「する治療」として運動療法がおこなわれてきている。
運動療法の目的――リラクセーション
我々は頸肩腕症候群や筋筋膜性腰痛の原因は「over use=使いすぎ症候群」である事を前提に治療、療養指導をすすめている。過労性疾患の療養・治療は、十分な休養による(自然)回復を促し、患部および全身の症状回復が得られると考えられる。
マッサージをはじめとした治療は「休養効果を高める」ために行なわれ、運動療法もこの目的に添っておこなわれている。軽度〜中程度の強度の運動刺激により、その後の「心地よい心身の感覚」=「神経系統も含めたリラクゼーション」の獲得をすることを目的におこなわれている。
一般に整形分野の腰痛、頸肩腕部位の運動療法およびリハビリテーションでは、急性期以降は積極的な運動器鍛錬的な運動を基本にしていると思われる。実際多くの教科書では、頸肩腕部の等尺性運動による筋力強化や腹筋力、背筋力強化、水泳などが勧められている。
しかし、我々が長年指導してきた療養治療により、多数の患者が症状を改善し、職場復帰をしている。職業性の過労性疾患の治療は、休養が中心であり、運動療法においても鍛えないことは重要なポイントであると考えられる。また、1989年におこなった治療終了患者調査でも、当院での運動療法に対する治療効果が評価されている。
過労状態では、自分の身体状況を的確に判断することが難しくなっており、「この運動(生活を含む身体活動)が、どの程度の負担になっているのか」が判断できないことが頻繁にみられる。また、「じっとしていては返って疲れる」「肩こりや腰痛は運動不足、筋力低下が原因」との過労性疾患については間違った認識が一般化しており、「過労状態」であるのに、休息せず鍛える方向の生活や療養をしてしまいがちになる。
患者は、症状のため働く量が低下する、治療のため休業、軽減勤務が必要な状態になるため、働けないことへの罪悪感を持つことは多くあり、これがさらに「頑張って治そう」との意識につながってゆきがちである。
療養開始時に患者には、この点を十分に説明し「過度におこなわない」「鍛えない」事を強調する事が大切である。
また、運動では身体感覚のフィードバックにより、「受ける治療」では得られない身体状況の確認ができる事も、特徴である。
運動療法の種類
リラクゼーションを目的とした、ストレッチング、太極拳、ヨガ、水中歩行などが適している。また、ウォーキングは万歩計を活用し、歩数制限をして行なえば効果的である。この際、終了後の適切な休養を心がける事も大切である。
テニス、バレーボールなど上腕に瞬発的に負担のかかるもの、ジャズダンスなど腰部の運動方向の多彩なものは不向きである。水泳など水中でおこなうものは、冷え症状を増悪させることから、運動時間の設定やサウナ、暖房室があるかなどの環境を考慮した選択も必要となる。
また、ゲーム性のあるものは、その楽しみから身体負荷の適切な判断が難しくなるため、かなり回復した状態でも、控えめにおこなわなければならない。
ストレッチングに関しては、いくつかの運動特性があるが、過労性疾患に関しては「身体感覚の向上」は特に重要で、これを向上させることで、症状や治療効果の自己チェックがおこなえるようになり、その後の療養、職場復帰に役立てることができる。
運動療法開始の時期
運動強度や時間の設定を間違わなければ、どの時期でも運動療法をおこなうことは可能であり、また、日常生活動作も作業=運動の観点から、調整できることが望ましい。しかし、療養の初期、重症状態では適切な判断は難しい。
運動療法開始時期のおおむねの目安は、重症度の判定に我々が用いている背筋力が女性40Kg前後、男性80Kgとしている。
筋力測定値は個別性のものであり、この点は考慮が必要である。
また、「休養初期悪化現象」の現われで筋力測定値が低下傾向の時期は、特定の運動プログラムをおこなうことは避けるべきである。
運動量の判定
運動による疲労回復効果は「適度な疲労により休養レベルを高め、回復を促進する」ことにあり、どんな動作、作業(通院も含む)でも一定の疲労が伴う事を理解しなければならない。ストレッチングに関してもこの配慮は必要である。
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どの程度の運動量が適しているかは、運動終了後の疲労感とその回復具合、翌日の体調など24〜48時間単位で見ることが適当で、この間に症状の悪化が見られるようであれば、過度な刺激となっていると判断し、運動量を減らす事が必要である。適量の目安は、運動終了後、疲労感があっても「心地よい」と感じられ、小休止や睡眠で通常と違う疲労感が解消する程度である。
また、定期的な運動開始より、3週間から3ヶ月ごろに「やりたくない」という意欲の低下を感じるようであれば、これも疲労感の現われと見て、運動量の調整が必要である。
過労性疾患患者の場合は、一時的な作業能力の発揮はできるものの、持続ができない特徴があり、治療開始後まもなくは頑張ってプログラムをこなすものの、途中で体調の不良、悪化を招くことがしばしばである。
症状の悪化の原因を活動量と休養状態から判断する事が大切である。
運動時の痛み
日常的に動作時に痛みを伴う症状を持つものも多いが、運動時は特に、この痛みをさけておこなうことに留意したい。「ある程度の痛みのある運動の方が効果がある」ように感じるのは錯覚であり、「痛気持ちいい」と感じる程度のストレッチングであっても、その後、筋肉の収縮が起こり、逆効果となる。どの種類の運動にするか、メニューを組むかは、痛みがなく、気持ちよいとが感じられることを、判断の基準としてよい。
集団運動療法の効果
芝病院では、当初より集団での運動療法に取り組んできている。集団で行なうメリットは、緩慢な回復であるが症状は改善してゆくことに確信が持てる、孤立しがちな療養を患者同士が支えあえる、個々の経験の交流から疾病に対する理解が進む、療養方法のアドバイスが行なえるなどがあげられる。これらは医療従事者からの助言よりも、患者同士の情報交換のほうが理解を得やすい場合も多い。
デメリットとしては「できる、できない」を比較してしまい、むりをしやすい、不快感を訴えにくい、集団に入ることができないなどがある。この点に留意して指導する事が必要である。
医療制度上の制約制限を改善しよう
病院内での体操やリハビリの指導がおこなわれているところは少なくはないが、ほとんどが急性期を対象としたもので、発症から3ヶ月〜6ヶ月を目途に終了となる。また、小規模病院では実施しているところは少ない。
この背景にはコストの問題があり、一定規模以下の施設では、運動療法の診療報酬が低く抑えられていること、長期間の実施には診療報酬の逓減制が導入されていること、医師・理学療法士以外の実施では診療報酬が低いことなどが上げられる。
2002年3月までの芝病院(100床未満)の場合、施設面積により4段階の診療報酬の中の最も低い「4」に相当し、45分以上の指導(運動療法・複雑なもの)で65点=650円となる。集団教室を3回、各6名の参加でおこなったとしても1170点である。しかも、温熱療法などを併せておこなったとしても運動療法をおこなってしまうと算定することができない制度となっている。
これに加え、長期実施者の医療費の支払いを健康保険組合が減額することがしばしばおこなわれている。医療経営の面からは負担になる部分と言わざるを得ない。
過労性疾患にかかわらず、糖尿病や高脂血症などの代謝性の疾患の運動療法なども、疾患の治療の一環としておこなわれるものは、安全性や効果の判定の点から、医師の指示のもと、その病院内でおこなわれることが望ましい。このためには一定のスペースの確保や指導人員の確保の裏づけとなる診療報酬の設定が不可欠であり、現在の状況は程遠いものとなっている。
また、運動指導者の資格の問題もある。現在、医療機関で専門職として位置付けられているのは理学療法士のみである。運動指導の専門の資格としては、ヘルスケア・トレーナー(旧労働省認定)、健康運動指導士(旧厚生省認定)、運動プログラマー(旧文部省認定)などがあるが、一定期間の講習、費用の負担、認定試験(ヘルスケア・トレーナーを除く)により発行された資格であるにもかかわらず、専門職としての経済的な保障は、医療機関以外でも公的には一切されていない。
予防や早期治療の観点からも、運動療法の普及は効果のあるもので、そのためには運動指導に対する保障の充実は必須である。
まとめ
過労性疾患の運動療法は「神経系統も含めたリラクゼーション」の獲得をすることを目的におこなわれており、マッサージなどの「受ける治療」とならんで、身体感覚の向上も目的に加え、行なわれている。
運動の種類はストレッチングなどの強度が強くなく、自己コントロールしやすいものが適している。
運動強度は、実施中に痛みがない事を目安とし、終了後「心地よい」リラックス感があり、小休止や睡眠で通常と違う疲労感が解消する程度が望ましい。
集団での運動療法は、患者同士の交流が疾病理解に役立ち、メリットが多い。個別の状態を把握して、指導する事が望ましい。
「する治療」の代表となる運動療法では、「受ける治療」では得られない効果がある。個別の療養指導とあわせて行うことで、患者、医療従事者双方が疾病状況の把握をする事に役立つ。
過労性疾患の療養には、上記をふまえた運動療法は効果的である。また、集団でのコミュニケーションも疾病理解や療養への意欲の維持に大切である。過労性疾患医療に取り組む上では、今後も集団運動療法の再開に向けて、検討を行なってゆきたい。
(労働と医学 74 2002.7.5) |
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■ 頸肩腕障害と慢性疲労症候群の鑑別診断 |
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芝大門クリニック
渡辺 靖之
【解説】
職業性頸肩腕障害や職業性腰痛症の原因の基本として、局所的反復的酷使や、あるいは局所的障害にとどまらない中枢神経性の慢性疲労、過労性の障害が想定されている。
一般に職業性慢性疲労性疾患とか過労性疾患と呼ばれる所以である。
また慢性の過重業務の「過労」による心脳事故については、すでにあまりに有名な「過労死」という言葉が定着しており、最近では業務過重による精神障害や自殺、「過労自殺」も業務上災害として認められている。
一方、非常に紛らわしいネーミングであるが「慢性疲労症候群」という疾患がある。「慢性疲労」という言葉が冠されているが、「慢性疲労症候群」では基本的には病因として慢性疲労、過労は想定されていない。
慢性疲労症候群研究では日本の草分けである木谷照夫前大阪大学医学部教授は次のようにまとめている。
「1990年11月号のニューズウィーク日本版が、感染者は数百万、謎のウィルスを追え、とセンセーショナルな言葉を並べて慢性疲労症候群(CFS)を紹介した。慢性疲労症候群(CFS)は強い疲労感を中心とした多彩な臨床症状を呈する疾患であるが、現在でもなお病因ならびに病態発現の機序が明らかでない。多くの病因説が提唱され、感染、免疫異常、内分泌異常、代謝異常の各説のほか精神疾患説がある。最近では、ウィルスやその他持続的に内在しうる病原微生物の感染による直接ないしサイトカインを介しての作用が、疲労発現にかかわる中枢神経にはたらき、何らかの傷害を与えたことによる病的中枢性疲労とする考えがしだいに有力となってきている。また特異な核内抗原を標的とする新しい自己抗体が見出され、自己免疫の関与も考えられる。」慢性疲労症候群という言葉(疾患概念)は、アメリカおよび日本に限られており、WHO,ヨーロッパでは認知されていないようである。しかし日本ではなじみの少ない「線維・筋肉痛症候群」という疾患概念がWHO,ヨーロッパでは用いられており、慢性疲労症候群(CFS)とこの「線維・筋肉痛症候群」は同一の疾患であると考えられつつあるようだ。
【症例報告】
1991年に慢性疲労症候群の診断基準が確立されて以来、われわれは頸肩腕障害との鑑別対象疾患として注目して来たが、しかし実際の症例にはなかなか遭遇しなかった。
ところが最近1年間に、慢性疲労症候群と考えられる5症例を、あいついで経験したので、今回は頸肩腕障害との鑑別診断上の問題点について検討し報告する。
(1) 症例1は、パソコンインストラクター歴3年、26歳女性。残業は月間70〜80時間。仕事が多忙になるに連れて慢性疲労を自覚していたが、急性上気道炎罹患後に、著しい倦怠感が持続し、長期間の休業を余儀なくされた。EB抗体価高値のため、感染後CFSが疑われた。また精神科疾患鑑別診断の目的で、精神科医に紹介され、ついで頸肩腕障害の鑑別診断のために当院に紹介された。頸肩腕障害の局所症候は乏しく、両側項背部に軽度のこりが認められる程度で、痛覚過敏は認められない。握力・背筋力の低下は著しいが、総合的には頸肩腕障害は否定的と考えられた。慢性疲労症候群自覚症状は、11項目中10項目が認められ、他覚的所見でも内科医の観察により3項目が認められているので、慢性疲労症候群の確診例と考えられた。 |
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(2) 症例2は、中途入職者で、携帯電話組み立てライン作業歴1年半の、35歳女性。1年間くらいの業務負担感と、軽い慢性疲労感を自覚していた。高熱を呈する何らかの感染症をきっかけに、長期間持続する倦怠感が出現した。症例1と同じ精神科医師へ、ついで精神科医から当院へと紹介され受診した。こりは上半身に拡がっているが下肢には及ばず、痛覚過敏は認められない。診察時に座位保持もつらく、握力・背筋力もキチンと行えないほどの倦怠感を訴えたが、頸肩腕障害は否定的と考えられた。慢性疲労症候群自覚症状11項目中10項目をクリア、他覚的所見も認められており、確診例と考えられる。
(3) 症例3は、35歳、看護婦。訪問看護婦歴1年。業務上での心身のストレス感は強く、疲労感も強かったが、その期間は2ヵ月くらいで、風邪をきっかけにダウンした。こりは著明で項背腰臀部〜両下肢、頸部〜両上肢と広範囲に及んでいるが、痛覚過敏は認められず、握力・背筋力の低下は軽度。6ヵ月以上の休業によっても改善が非常に不十分なほどの頸肩腕障害、背腰痛症とは考えられなかった。慢性疲労症候群自覚症状11分の9。他覚的所見は3分の2、確診例と考えられた。その後慢性疲労症候群として、休業通院、経過観察中である。
(4) 症例4は、スーパーマーケットの野菜カット作業歴1年、46歳女性。両手のしびれ、手指関節痛と著しい倦怠感で発症、膠原病科で限局性強皮症と診断されて休業治療中であったが、自分では手指作業と野菜洗浄液による職業病ではないかと考え、当院受診した。手指の強皮症とレイノー症状はあってもごく軽度であった。 こりは軽度だが上半身に拡がっており、握力・背筋力は著明な低下が認められるが、痛覚過敏はなかった。発症が急性であり、慢性疲労症候群自覚症状11分の8、他覚的所見は3分の0。慢性疲労症候群の確診例と考えられた。前医の「全身性強皮症」という診断名をそのまま踏襲して休業通院治療を行っているが、最終的には軽症の限局性強皮症に慢性疲労症候群が発症したと考えた。
(5) 症例5は、26歳女性。法律事務所勤務2年目に、業務負担感と慢性疲労感を自覚していたが、微熱、全身倦怠感、肩こり、頭痛が出現したためまず急性上気道炎として休業開始。その後、頸肩腕障害と診断されて休業通院、結局病気退職となった。退職後に当院受診。こりは著明で広範囲、痛覚過敏は認められず、握力・背筋力は軽度低下。頸肩腕障害として通院加療してある程度改善したのでその後、同様の業務再就職。約2年間従事したが倦怠感、凝りなど再悪化したため再び、休業療養中である。慢性疲労症候群としては発症がかならずしも急性ではなく、自覚症状11項目中7項目だが、不安発作が認められ、続発性の不安発作と考えられる。慢性疲労症候群としては疑診例である。現在も、頸肩腕障害と、慢性疲労症候群、不安神経症の合併と考え通院治療、リハビリ、経過観察中である。
【考察】
(1) 慢性疲労症候群は、特に上気道感染後の急性発症という点、微熱、咽頭炎、リンパ節腫脹いう他覚的所見を確認することに留意すれば積極的診断が可能である。症例1、症例2では、頸肩腕障害は否定的であり、慢性疲労症候群の確定診断で、問題はないと思われる。
(2) しかしながら、症例3、症例5の場合のように、業務負担感、疲労感が強い状況で、上気道炎などの感染症に罹患したことを契機に、症状が一段と悪化し、診察所見でも頸肩腕障害の症候が認められる場合には、頸肩腕障害と慢性疲労症候群との鑑別診断はなかなか困難であった。
(3) 慢性疲労症候群など他疾患との鑑別診断のためにも、今後さらに頸肩腕障害としての積極的診断根拠、特に他覚的所見診断法、臨床検査法の確立が必要と考えられる。
(労働と医学 74 2002.7.5) |
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■ 職業性の頸肩腕障害100万人?
重症度を正確に診断することが治療の出発点 |
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東京・芝病院神経内科
渡辺 靖之
40年ほど前の高度軽済成長期,キーパンチャー,電話交換手,タイピスト,スーパーのレジなどの女性に大量の頸肩腕障害が発生しました。
首・肩・腕などがひどく凝ったり,痛くなつたり,しびれたり,疲れが強くでる病的な状態です。
ピアニストの手指けいれんなどは古くから知られた職業病でしたが,爆発的に職業性頸肩腕障害がおきたのは日本が最初でした。「先進国に追いつき追いこせ」のかけ声のなか,働く女性が増え,無防備に過酷な労働をしいられた結果です。
その後,企業側も一定の改善策をとるようになり,頸肩腕障害の労災認定は百人ほどに減りました。
アメリカでは毎年25万人が
ところがここ数年,アメリカで毎年25万人ずつ新しい職業性頸肩腕障害の患者が生まれているという統計が出て,世界の注目を集めています。総計200万人が治療を受けているといいます。
アメリカの医療は私的保険ですから,治療を受けるのに保険会社の認可が必要です。そのため,保険会社の統計によってこのような実態がわかったのです。
日本では仕事からくる頸肩腕障害であっても,多くは健康保険で治療したり鍼灸などの治療院にかかったりしていることが多く,統計の数字として表れません。
しかしアメリカの統計を当てはめてみると,職業性の頸肩腕障害の人が100万人くらいはいるのではないかと考えられます。
訴え多いが診断むずかしく
職業性頸肩腕障害のなかでも,痛みやしびれが手指や腕に限られているもの(手指健鞘炎,上腕骨顆炎,胸郭出口症候群,手根管症候群など)は,整形外科的疾患として,比較的問題なく診断できます。
ところが,首の後ろから背なか・腰・足までとか,のどから腕までなど広い範囲にわたってコリ(筋硬:きんこう)や圧痛(指でおして感じる痛み)があり,疲れやすく,脱力感,頭痛,不眠,冷え症などがある場合は,患者の訴えが多いわりには,診察では把握しづらいといわれています。
頸肩腕障害は傷や炎症があるわけでもなく,神経の変性でもないので,身体疾患であるにもかかわらず,客観的判定を出すのがむずかしいのです。この点が非常に重要です。
通常の整形外科や,神経学による診察によって診断するのはむずかしく,またX線やMRI検査の画像診断でも異常が見られないのは仕方ないのです。
重症度の判定の仕方は
しかし,私はこれまでの臨床経験から頸肩腕障害の診断は,次のようにすればできると考えています。
(1) コリの拡がり(広範筋硬症)
コリの客観的判定は,不可能とまではいえないとしても困難です。そこでコリの拡がりに着日した診察方法により判定します。
左右どちらかのうなじ(首の後ろ側)を基準点とし,そこのコリの度合いを10点とします。うなじからふくらはぎまでを指で圧して,患者さんに各所のコリを点数で評価してもらうのです。左右の拡がり,腰や足までの拡がりを記録します。
コリの拡がりが,病態のすすみ具合と平行すると考えられます。
述べる痛覚過敏や半身感覚障害がある場合は,その部位を避けて基準点を決めます。 |
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(2) 「痛覚過敏」の検査
圧痛検査は,疼痛学会では約4kgの強さで圧すと決まっていますが,これがなかなかうまくいきません。
患者にとっても,コリと痛みの区別は非常にむずかしいと思われます。
これに対し,私は,昔からある方法ですが,指先で叩く「叩打法」(こうだほう)の有効性に着目しました。痛覚過敏があれば患者さんは叩打には敏感で,痛みと感じる(痛覚過敏)範囲が比較的容易にわかるからです。
この診察法で99年度の頸肩腕障害患者を検査したところ,183人中28人(15.3%)が,比較的長期間,痛覚過敏領域が固定していました。
これら28人はすべて,慢性的で治るのが困難になった人たちで,痛覚過敏の範囲や程度は,慢性・難治化の指標のひとつになりうると考えます。
(3) めずらしい「半身感覚障害」
「半身感覚障害」は頚肩腕障害約180人中,5人くらいに見られる比較的めずらしい症状です。
体を縦割りにした半分に知覚障害があるもので,患者は「何か重い膜がかかったような不快な感じで,寒冷に敏感」という表現をします。
半身感覚障害例の具合の方が,もう一方側よりも悪いのです。
障害がある方の半身では,コリの検査はむずかしく,痛覚過敏と合併することもあります。
(4) 握力・背筋力の著明な低下
頸肩腕障害で,握力・背筋力測定の意義を認める臨床医はあまり多くありません。その理由は,「患者は,意識的・無意識的に病状を重く診てもらいたいと考えているだろうから」とか「背筋力測定は腰痛悪化の危険性が高いから」ということです。
しかし当院では,適切な指導を行なえば握力・背筋力は安全にはかれるし,1ヵ月単位の推移をグラフにして見られるので,病状の経過を把握するのにもっとも優れた検査法と考えています。
就業年齢20〜50歳女性の標準値は,だいたい握力が右25kg,左25kg,背筋力が70kgです。たとえばこれが15,15,40kgくらいに下がっていれば,業務を軽くする,あるいは休業療養が必要だろうという判断の目安となります。
またリハビリや再就労の段階でも,握力・背筋力の測定値は非常によい目安です。
◇
どんなに重く治りづらい病気でも,患者さんは我が身に起きている事実から出発するしかありません。病状をきちんと知ることが一番納得してすすんでいける道だと思います。ですから,重症度を正確に診断することが治療・療養の出発点と考えます。
(2002.2 いつも元気で MIN-IREN 掲載)
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■ 頸肩腕症候群
こり,疲労,脱力感,頭痛・・・ ノートパソコンが原因!? |
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肩こり,頭痛,疲労感・・・・・単純作業を反復する仕事でこうした症状が出る「頸肩腕症候群」が最近になって急増している。背景にパソコンの普及があるというが,実はノートパソコンが原因,という見方も出てきている。
幅1?30?ほどの事務机にノートパソコン。その前で1日じゆうパソコンに向かっていることもある。大柄なため猫背になり,しかも体をひねった体勢に慣れてしまった。
都内の会社具(44)は,最近,首のこりに悩まされている。「夜ひどくなるんです。トクホンを塗っても効かない。考えると,パソコンのせいだとしか思えないんです」
写真を見ていただきたい。だれにも身に覚えがあると思うが,同じパソコンでもノートパソコンの場合は,どうしても前かがみの猫背になり,無理な姿勢になってしまう。首や肩のこりなどは,どうやらこの姿勢を長く続けることに原因があるらしいのだ。
労災の相談や改善を指導している東京労働安全衛生センターの飯田勝春事務局長は,こう語る。
「うちに来る相談者のなかで,パソコンを使った作業をする人が圧倒的に増えました。最近は,机で常時ノートパソコンを使う職場が増えていますが,デスクトップに比べてノートはディスプレーが小さいので,目に負担がかかります。
しかもキーボードとティスプレーが一体になつているため,画面との距離や手の配置が固定され,自分に合った姿勢が取りづらい。それがこりや疲労などの原因になるんです。頸肩腕症候群は無理な姿勢を強いられ,負担がかかることによって起こりますが,ノートパソコンが主流のいま,患者はさらに増えると思います」
日本産業衛生学会によると,頸肩腕症侯群とは,「上肢を同一肢位に保持また反復運動する作業により,神経・筋疲労を生じる結果起こる横能的あるいは器質的障害である。ただし,病像形成に精神的因子および環境因子の関与も無視しえない」
つまり,上半身を固定し同じ作業を練り返す仕事が原因で,体の各所に起こるさまざまな症状を総称してこう呼んでいる。症状は局所のこりや痛み,疲れ,だるさなど。重度になると不眠や頭痛,食欲不振などの自律神経失調症にも似た症状を起こす怖い障害なのだ。
実はこの障害,もともと1960年代からあった。高度成長時代,キーパンチャー,スーパーのレジ係など,女子の単純事務労働者に多く見られたという。その後下火になったが,最近,再び急増。業務上疾病として労災認定を受けるけるケースも,95年には全国で149件だったが,2000年には507件に達した。
その背景にはパソコンの普及があるのだが,前出の飯田氏が指摘するように,ノートパソコンによる姿勢が原因になっているかもしれないのだ。
で,専門医に聞いてみた。頸肩腕症候群に詳しい東京都港区にある芝病院の神経内科医,渡辺靖之医師によると,最近はやはり,継続したパソコン作業が原因でなる場合が多いという。
「一定の姿勢を保ち,モニターに向かって打鍵するパソコンの入力作業は,頸肩腕症候群を起こしやすい。注意や集中が必要な作業を長時間反復して行うと,慢性的に疲労感を感じるようになるんです。しかも,重労働ではないため,まじめで几帳面な人ほどズルズルと引きずって仕事をこなしてしまうのです」
熊本大学医学部整形外科学の高木克公教授は,頸肩腕の原因は姿勢にあるとみている。「頸肩腕症候群は猫背やなで肩の人の症例が多いのも特徴。肩には腕神経叢という神経の集まりがあるんです,猫背やなで肩になるとその神経が引っ張られるのです。筋力不足も原因の一つで,女性に多いのも特徴です。上肢を支える筋力が足りないため,負担がかかり,痛みになります」 |
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渡辺医師も高木教授も,パソコン作業が原因とみているものの,デスクトップとノートの臨床的な比較はしておらず,ノートとの因果関係ははっきりしていないという。
ただ,高木教授は,「ノートだと覗き込むように操作するため,猫背に似た姿勢になりやすい」と,影響を認めており,動機づけなど清神的要因を重視する渡辺医師も,こう言う。「ノートはディスプレーがデスクトップと比べ小さく,眼性疲労をおこしやすいなど,悪影響を及ぼす要因は多い」
悪い姿勢,小さなディスプレーと,どうやらノートパソコンも頸肩腕の原因になっている可能性は高いようだが,この障害がやっかいなのは過小評価してしまい,医師も見落としがちなことだ。高木教授が98年11月から5ヵ月で,肩こりと訴えた患者釣840人を診察すると,約44%が頸肩腕症侯群だったという。
横浜市在住のAさん(32)のケースは悲惨だった。
大学卒業後の92年,運輪会社に入社したAさんの主な仕事は,国内外から届くテレックスやEメールのチェックにパソコンのデータ入力,伝票整理,電話応対など。体に異変が起こつたのは3年目だった。会社が大幅なリストラを断行して作業量がどっと増え,2台のパソコンモニターを机の前と斜め前に置き,体をよじるようにして仕事をこなすようになったのだ。「週末は寝て過ごすことが多くなりました。しかも疲れが取れない。背中や腰に鉛が入っているように重かった」
入社当時から体重が13キロも減った。内科や婦人科に行ってみたが,検査の結果は「異常なし」。知人の紹介で頸肩腕症候群の専門医を訪れると,「重度の頸肩腕症侯群」と診断された。それから2年間は寝たきり生活で,7年たったいまも全快していないという。
では,頸肩腕にならないためには,どうすればいいのか。まずは職場の改善というのは前出の飯田氏。「会社でノートを使い,それを家に持ち帰って使っている人がよくいますが,ノートパソコンだけでなく,作業によってデスクトップと使い分ければ,眼性疲労などが軽減されます。そして,ディスプレーの位置を目線より高めにしたり,適切な姿勢をとれるいすを使ったり,仕事をするうえで精神的,肉体的に負担のない空間をつくることです」
また,高木教授は,一般的に言って,姿勢を矯正するとともに同一姿勢に耐えられる筋力を増強することだという。
頸肩腕症候群チェックリスト
10項目のうち3つ以上当てはまれば要注意!
1 髪をとくのがつらい
2 電話の受話器を持ち続けるとつらい
3 ハンドバッグを持つのもつらい
4 風呂でタオルをかたくしぼれない
5 夜中に腕がしびれて目がさめる
6 長く続けて字をかくとつらい
7 ものをよく手からおとす
8 自由な時間はできるだけ横になりたい
9 いままでより冷房がつらい
10 ねつきがわるい,眠りがあさい
芝病院 渡辺靖之医師作成
上の表は,渡辺医師につくってもらったチェックリストである。10項目のうち3個以上に該当したら要注意だ。パソコンを毎日長時間使っているあなた,とくにノートパソコンを使っている方は,こうした自覚症状には気をつけたほうがよさそうだ。そして症状が悪化したら,「思いきった仕事量の軽減,休養です」(渡辺医師)
白石義行
(2002.3.1 週刊朝日 掲載)
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■ あなたは大丈夫? 頸肩腕障害って?
肩こりがひどくて・・・・最近,体がだるい |
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「肩凝りがひどい」「すぐ疲れる」「寝付きが悪い」…こんな症状を軽く見ていませんか。コンピューターの普及とともにデスクワークが増加し,『頸肩腕(けいけんわん)障害』の患者数は増加傾向にあるといいます。早期発見・治療,予防が大切。あなたもチェック!
編集関係の職場に勤めるAさん(26)は,以前から肩凝りや腰痛持ち。昨年末,肩にひどい痛みを感じ,通勤電車のつり革に手をあげられなくなり,ぼろっと物を落とすこともしばしば。「何かヘン」と思い,運動不足をなくせば…と,水泳を始めました。3ヵ月後,ある朝突然,指全体がむくみ,はしが使えず,金縛りにあったように起きられなくなりました。診察の結果病名は「頸肩腕障害」。
◆ ◆
頸肩腕障害について,元整形外科医で,現在は神経内科の立場から診察している渡辺靖之医師(東京・芝病院)に聞きました。
痛みの範囲がひろがって
ほとんどの人が初めはたとえば手首,肩などが痛くなります。しかし痛みをがまんして,同じ量の仕事を繰り返しつづけると,痛みの範囲が,腕全体,首,背中,上半身にひろがり,頸肩腕障害を引き起こします。
頸肩腕障害(日本産業衛生学会は1974年,頸肩腕症候群の中でも職業性のものを頸肩腕障害と定義)は,60年代からキーパンチャー,電話交換手などに多発した疾患でした。その後,ほかの上肢作業職種でも多数報告され,現在ではさまざまな職種でおこりうることがわかっており,欧米では,社会的な認識も急速にひろがりつつあります。
原因はどこに?
5要素「注意集中・正確さ・スピード・反復性・長時間過度」があれば,だれもがなりうる病気です。なかでも「マイペースでできない仕事」がキーワード。
たとえば,出来高払いの仕事や締め切りに追われる作業,競争心をあおる仕事,ミスの許されない作業,また,やりがいのある仕事,おもしろいゲームなどでもおこります。コンピューターの普及で,より効率よく,より早く労働ができるようになっていることも,増加につながると考えられます。
患者数は百万人?
症状としては,主に4群●手首や腕の局所の痛み,凝り・痛みのひろがり●全身のだるさ,疲れやすさ●自律神経失調症状−胃腸障害,胸痛,頭痛,冷え症,不眠,生理不順などがあります。
米国では反復性ストレス障害(RSI)と呼び,パソコン業務増大にともない,年間25万件以上のペースで発生し,職業病の65%を占め,経済損失は2兆〜6兆円と見積もられています。日本では,頸肩腕障害でもさまざまな病名で治療されるなど国レベルでの統計が出ていないので実態は明らかにされていませんが,米国の人口と比較すると,百万人程度の患者数がいてもおかしくないでしょう。 |
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診断はむずかしい?
ひどい痛みやしびれなどがあって受診しても,X線やMRI検査の画像診断では異常所見が認められないので,多くの臨床医が診断に苦慮させられます。頸肩腕障害でも自律神経失調症や緊張型頭痛などと診断され,病院を転々とされる方も多数います。
しかし,(1)凝りのひろがり(2)痛覚過敏(3)半身感覚障害の有無(4)握力・背筋力の低下度から「他覚的診断は可能」と考えます。また,頸肩腕障害の治療には,早めの思い切った休業が望ましいと思います。
以上の点を考慮し,適切な診断と治療がより多くの病院でおこなわれるようになればと考えています。
予防はどうしたら
予防の第1は,仕事の仕方です。作業姿勢や環境ももちろんですが,意識的に休憩を頻繁にとり,神経疲労の蓄積は避けたいですね。
1週間の疲れを必ずその週のうちにとる。日ごろから目一杯でなく,自分の力の9割で働く。「肩凝りや腰痛にはスポーツをして体を鍛えて」と思っている人は少なくありませんが,蓄積疲労がすでに始まっている場合は逆効果です。
リフレッシュできるスポーツや芸術活動は「健康」な人の健康を守るには大事なことですが,体が疲れているときには,睡眠・休養をとって,ゴロゴロすることが大切です。根本問題であるサービス残業の根絶や労働時間を短縮することが,日本の豊かなスポーツ,芸術活動の発展にもつながるのではないでしょうか。
あなたもチエック!
1 髪をとくのがつらい
2 電話の受話器を持ち続けるとつらい
3 ハンドバッグを持つのもつらい
4 風呂でタオルをかたくしぼれない
5 夜中に腕がしびれて目がさめる
6 長く続けて字をかくとつらい
7 ものをよく手からおとす
8 自由な時間はできるだけ横になりたい
9 いままでより冷房がつらい
10 ねつきがわるい,眠りがあさい
合計はいくつ?3つ以上あれば要注意!
1971年度日本産業衛生学会頚肩腕症候群委員会報告「日常生活の不便・苦痛についての詞査表」より30項目の中から渡辺医師による抜粋
「運動療法」はリラクゼーションのためにします。疲れた体を鍛えても逆効果。職場や家族、患者本人も理解しにくい病気なので、患者さんが孤立しないよう、学習交流会や患者さん同士の会話を大切にしていますと、トレーナーの武田さん(右)
(2001.8.9 新婦人しんぶん 掲載)
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■ 女性の労働と健康
過労性疾患外来の運動療法士からの助言 |
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医療法人社団 港勤労者医療協会
芝病院運動療法士 武 田 紀 子
男女雇用機会均等法や労働法の改正(改悪)で,多くの分野への女性の進出がみられます。しかし,パート労働者の8割が女性という実態から見ても,女性は単純反復上肢作業をさせられることが多いようです。
◆ 男女の違い
筋力,体力が異なります。筋肉の量は男性のほうが多く,力仕事は男性に,細かい仕事は女性にという分担が,昔から自ずとなされてきたようです。
現代の労働現場では,男女差に関係なくOA化が進み,キーボードやマウス操作が主なコンピュータ作業が多くなっていますが,ここでも長時間,単純反復作業は女性の仕事にされることが多いようです。
こうした上肢作業は,腕や手首,手指など,体の一部分への過剰な反復酷使が局所障害を招き,また一定の姿勢保持による静的筋疲労,さらに注意の集中や正確さ,速さが求められることから神経性疲労が起こりやすいと言われています。
◆ 女性に多い自律神経失調症状
職業性頸肩腕障害にも男女差があります。
こりや痛みも男性は局所にとどまるのに対して,女性は肩から背腰部,腕にも広がりやすい傾向が見られます。
また女性のほうが冷え症状,胃腸症状(特に便秘),不眠などの自律神経失調症状が強く出る傾向があります。
◆ 生理的機能の違い
月経周期による体調の変化や,更年期の問題は,女性にとっては大きなウエイトをしめます。
更年期には,肥満やコレステロール値の増加,血圧の上昇など,生活習慣病の症状も現れやすく注意が必要です。
◆ クーラー戦争?
男女差は体感温度にもあります。快適に感じる温度は男女で3℃から5℃の違いがあると言われています。
男性優先,コンピュータ優先の室内温度環境が,女性にとってはつらいという声は多く聞かれます。刺激に敏感な女性に合わせる配慮が必要です。
特に頸肩腕障害や自律神経失調症にかかっている女性の場合には,クーラーで体調を崩すことが多く見られます。職場や,通勤電車の中では冬期問なみの意識的な防寒対策が必要です。
◆ 家事・育児,それに加えて介護の負担
家事・育児は,女性の仕事という実態は日本社会全体に,まだまだ根強く見られます。フルタイムの共働き家庭でも,家事労働の主は女性,男性は援助者。
自治体労働者の実態調査でも,女性の勤務時間は短い,残業はなくても,睡眠時間や自分の余暇の時間は女性のほうが短く,休暇も家事や保育に利用しているという結果です。
家庭での負担は圧倒的に女性にかかっていることがうかがわれます。
男性の労働がもっとゆとりのあるものに変化しない限り,個々の家庭や個人の努力だけでは,女性の家事労働軽減には限界があると思われます。
●● 女性の健康対策 ●●
(1)以上のような男女の違いを知ったうえで,どのような対策が取れるでしょうか。まず,心がけたいのが,時間的にゆとりのある生活サイクル作りです。ゆとりがなければ,休養が不十分になり疲労が
慢性化しやすい。ゆとりがなくなることで自分の体調の変化に気づかない,気づいても対応することができなくなります。
(2)次に,ウオーキングやスポーツ,遊ぶことで,積極的にストレスを発散したり楽しみ,積極的な休養を取ることです。定期的な運動は,自律神経失調症状や生活習慣病の予防にもなり体力の維持にもつながります。 |
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ここで注意しなければならないことは,一日の活動量と休養のバランスです。
仕事と家事で疲れ果てていて,休養不足のまま頑張ってスポーツなどをしようというのでは逆効果です。それでは疲労が回復せず,慢性疲労,腰痛症や頚肩腕症候群を招くことになります。
(3)現代の過密労働,夜型社会での生理的な休養条件の悪化に対応するには,質のよい休養をとるよう心がけることが必要です。
具体的には,仕事の合間や,仕事の一段落に,ストレッチング,呼吸法やイメージトレーニングなどでのリラクゼーション法の,何かひとつでも,身につけ′ることです。
1日に数回,数分間でもいいので,「体がゆったりしているな」「のんびりしているな」「気持ちがいいな」と実感できる時間を作ることが大切です。
ス ト レ ッ チ
ストレッチングや軽い運動は,偏った体の使い方をする労働での疲れを取るきっかけを作ることができます。キーボードを打つときの腕の負担やディスプレーと原稿を交互に見る眼の負担は,小さな筋肉の疲労なので,疲労を感知しづらいのです。
軽い全身の運動で,大きな筋肉も刺激することで,脳が体の状態を改めて認識することができます。また,気づかなかった疲労感やこり,つっぱりを実感することができます。
体調を把握するためには,毎日同じ運動をすることをお勧めします。駅の階段が今日は軽く昇れた,腕を伸ばしたときのつっぱりが今日はひどい,など。その日の体調を判断する材料にもなります。
同じ運動でも,朝は「体を起こす」「仕事がしやすいように整える」「体調を知る」ために。仕事の合間や終わってからは「疲労感を実感する」「休養するきっかけを作る」ため。役割が違うことも,知って役立てたい点です。
ストレッチングを行なうときの注意点は(1)気持ちよく,痛みを感じない程度に(2)反動をつけずゆつくりと(3)息を吐きながら(4)15秒〜30秒伸ばしてください。
体調を知ることができたら,それを無視せず,対応することが大切です。疲れるのは当然であつても,疲れがとれないのは正常ではない状態です。どうすれば「体がゆつたりしているな」と実感できるか,働き方,生活の仕方を再検討してみましょう。
自分のための時間を作る,体に意識を向ける時間を作ることが,現代には一番不足していて,必要なことでしょう。
座ったままで
(1)腰〜下肢のストレッチ
電車の中で
(2)首を伸ばす
●イスに浅めに座ります
●片足を伸ばし,足首を曲げる
●ゆっくり上体を前にたおす
●反対も
●頭だけを傾け,首を伸ばす
●左・右・前だけでなく,ななめ方向も,首〜肩甲骨の内側に かけて伸ばす
※手かげんしすぎ,と思う(感じる)程,ゆるめにストレッチします。やりすぎは逆につっぱりが表れます。
席を立った時に
(3)体制
(4)アキレス腱伸ばし
●肩幅くらいに足を開き
片腕を上げ,上体をたおす
※腰が痛ければ,横にたおさずず,ななめ上方向に手を押しあげる
●壁に向って立ち,肩の高さに手をつけ,足を前後に開く
●前足の膝を曲げる
※後ろ足のつま先はまっすぐに
※伸びすぎていたら,もっと壁に近づいて
(2001.7 労働共済連 夏季号 掲載) |
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■ 凝りやしびれなどの頸肩腕障害急増 |
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パソコン業務の普及に伴い,首や肩の凝り,手や腕のしぴれといった症状を訴える職業性の「頸肩腕(けいけんわん)障害」が増えている。専門医は,「上手な”息抜き”と,早めの治療が必要」と訴えている。 (永井優子)
パソコン業務者は適度の息抜きを
パソコンに向かって,指先を忙しく動かし続け,姿勢や腕の位置も長時間そのまま。しだいに筋肉疲労がたまって,首や肩が凝つたり,腕や手がしびれたりする−。
頸肩腕障害とは,上肢を使う作業者の職業病。手指の反復性の動作と長時間の静的な筋肉疲労が原因で,首,肩,腕に主な症状が出る。全身のだるさや疲れやすさ,めまいや吐き気,うつ症状などを訴えることもある。
頸肩腕障害の患者を多く診察している芝病院(東京都港区)職業病外来の渡辺靖之医師は,「統計はないが,発症者は十二,三万人はいるのでは」と話す。
米国ではRSI(反復性ストレス障害)と呼ばれ,年間25万人が発症して大きな問題となっているという。日本では,昭和40年代にキーパンチャーやスーパーのレジの女性などに起こったことから,取り組みが始まった。近年のパソコン業務増大に伴い,改めて注目されている。
パソコン作業が多い事務作業者,コンピューター関連業務,介護・福祉・保育職場での管理・パソコン業務などの職業がなりやすい。ただ,単にパソコンに向かったからどいって頸肩腕障害にはならない。 |
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「注意を集中し,正確さ,早さを求められ,長時間繰り返す」という仕事の中身が原因の慢性神経性疲労といえる。上司にほめられたいなど意欲的な人,介護・育児職などボランティア意識の強い人に多く,逆に仕事がいやな人はならない」(渡辺医師)という。
思いきった休職や通院治療が必要
けんしょう炎,関節炎など,整形外科的に診断できる病気も含まれるが,広範囲にわたる痛みなどは判断されにくい。レントゲンや筋電図などの画像に写らず,他覚的所見がないためだ。
渡辺医師は(1)凝りがどのくらい広がっているか(2)指の頭で軽くたたいて,痛みが過敏な部分を調べる(3)握力・背筋力を測定して,推移を把握する−といった方法で重症度を診断している。
治療としては,凝りや痛みには消炎鎮痛剤や筋弛緩(しかん)薬,温熱療法があり,マッサージや針きゅうも勧めている。予防には,作業環境の改善も必要だが,仕事に対する姿勢を自覚することが大事だ。
渡辺医師は「できるだけマイペースを保ち,意識的に5分程度の休みを頻繁に取ること。十分な睡眠をとり,「一日の疲れは一日で取る。そして,重症化しないうちに早めに思い切った休職や休養,通院治療なども必要」と話している。
(写真は,肩の凝りの状態を調べる渡辺医師)
(2001.4.11 産経新聞 掲載) |
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■ ”パソコン職業病”
くび,肩,腕の痛み 全身のだるさ |
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頸が痛み,肩が凝る。もう,がちがち。にぶく痛い。痛みは,背中から腰,肘,手首へと広がり,
我慢できない。慢性的な痛みとだるさ,手のしびれ。パソコンの仕事のやり過ぎだ! 残業も多
い。頸・肩・腕を中心とした障害,職業病性頸肩腕障害を治す,を。上野敏行記者
パソコンのキーボードの上を指先が忙しく打つ。手指の筋肉は緊張し,細かく動きます。一時間に数千回。何時間,何日間も続きます。一方,姿勢は長時間そのまま。腕の位置も保ったまま。静的だけれども,筋肉疲労は起こります。
「手指の反復性の動作と長時間の静的な筋肉疲労。ここに職業性の頸肩腕障害が発生するもとが。もっと基本的には”注意集中,正確迅速,反復,そして持続する型の労働”から起きる慢性神経性疲労が存在すると考えられます」というのは東京・芝病院職業病外来を担当する渡辺靖之医師。元整形外科医で神経内科の立場から診療しています。
「米国では,作業関連の頸や肩,腕の障害を反復性ストレス障害と呼んでいます。欧米での大規模な疫学調査の結果,年間14%から46%の勤労者が反復性ストレス障害を訴えています。
米国では年間25万件以上発生し,その経済損失は3兆から6兆円と見積もっています」
マッサージも効果的だ=芝病院にて。
左が渡辺医師
日本も欧米並みの発生?
「と思います。ところが,労働災害として認定される人は,年間100人ほどです。頸肩腕障害であっても,さまざまな病名で治療されてるんですね」
判断しにくい
芝病院職業病外来−。
30年の診療経験があり,職業性頸肩腕障害の患者だけで年間180人が通院。
最近受診した女性(33)もその一人です。10年闇,コンピューター業務に携わり,ひどい肩凝りに悩まされていました。1年ほど前から,左手のしびれ,両手首・肘関節の痛み,背中・腰の痛みが出て,全身のだるさと疲れやすさが。
「職業病頸肩腕障害に特徴的に見られる症状です」と渡辺医師。「腱鞘炎・関節の障害など整形外科的に診断できる病気も含まれるのですが,腕から肩,背中から腰の痛み,全身のだるさ,疲れやすさなど,これまでの尺度では判断しにくい健康障害でもあります」
判断しにくいとは?
「自覚症状が多彩な割に,エックス線やMRIなどの画像検査など,客観的な”異常”に乏しいからです。とはいえ,私たちは,頸肩腕障害を客観的に診断できると考えています」
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診断方法は
その?芝病院方式″を渡辺先生の説明で。
*凝り(筋肉の硬さ)の広がり
背中から下肢までの各部を持で押しながら,凝りの広がりを検査。左石,腰・下肢までの広がりは,病状の進行と平行する。
*痛みの敏感さ(痛覚過敏)
凝りが強く,筋肉に異常がある場合,痛みが過敏な部分がある。指の頭で軽くたたく叩打法(こうだほう)で,痛覚過敏の有無と広がりを調べることができる。渡辺医師考案の検査法だ。大きな広がりがある場合は慢性化,重症化しているサイン。
*半身の感覚辞書
体半分が重く,不快な感じで,寒さに敏感などと,患者は表現することが多い。約3%の患者に。これも慢性化,重症化の兆候の一つ。
*握力・背筋力
値を1カ月単位で見ることで病状の変化を把握できる。値の低下は仕事を大幅に減らす,あるいは休業が必要という目安になる。逆に値の上昇は病状改善の目安になる。
先の女性ではどうか。凝りの広がりは測定不能。痛覚過敏の範囲は,背中から両足のふくらはぎ,頭から両腕,手首までと広い。握力・背筋力の計測値も低く,左右の握力は13kg前後,背筋力が24kg。女性20〜50歳の標準の半分もない。
渡辺医師は「慢性化,重症化していると診断し,休業と安静通院治療を指示。握力25kg,背筋力60〜70kgに回復したら,再就労の方向を考える」と。
早いめの思い切った休養を
凝りや痛みの治寮は,消炎鎮痛剤や筋弛緩薬などが使われます。それと温熱療法も。さらに芝病院では鍼灸・マッサージを積極的に進めています。
「大事なことは・・・・」と渡辺医師。「ある程度重症化した患者さんでは,仕事を続けたまま通院治療を重ねても改善しないで,むしろ悪化,慢性化していく例が少なくないんですね。早めの思い切った休業・休養,通院治療が必要です」
休業・休養したのに悪化したまま何ヵ月にもなる,との体験も聞きます。
「ええ。過労性疾患である頸肩腕障害の場合,『休養初期悪化現象』があることが多いんです。この期間は,とにかく十分な休養,睡眠が必要なのです。初めから,鍛える式の運動療法は逆効果です」
予防の注意点は?
「仕事の仕方ですね。作業を長時間続けず,意識的に5分程度の休みを頻繁にとるなど疲れをためない。なかでも神経疲労の蓄積は避けたいですね連日の残業を続けない。十分な睡眠をとる。一週間単位で見て,どこかで"息抜き"をすることです。もう一つは運動不足をなくすこと。だからスポーツを,ではなくて,疲れているときはごろごろでいいのです」
(2001.4.1 しんぶん 赤旗 日曜版 掲載) |
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■ パソコンによる健康被害 |
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●頸肩腕障害●
凝りや痛覚の広がりに着目
早めに十分な休養を勧める
渡辺靖之(港勤労者医療協会芝病院神経内科)
◎米国では,パソコン業務増大に伴うRSI(反復性ストレス障害)による経済的損失は年間3〜6兆円 と見積もられている。
◎頸肩腕障害は,手指の反復性動作や長時問の姿勢,上肢保持による静的筋肉疲労によって起こる。
◎凝りの広がり,痛覚過敏や半身感覚障害の有無,握力・背筋力の低下度などから重症度を診断する。
◎早期発見と,早めの思い切った休職や休養,通院治療などの早期診断・治療が望まれる。
欧米をはじめ世界各国でパソコン業務が急速に増大するにつれて,パソコン作業に関連して生じる筋骨格系障 害が問題になってきている。
勤労者集団を対象とする大規模な調査が行われている欧米諸国では,作業関連の筋骨格系障害・頸肩腕部の年 間有訴率が14〜46%と報告されている。米国では,こうした障害をRSI(Repetitive
Stress Injury;反 復性ストレス障害)と呼んでいる。民間損保会社の労働災害保険統計によると,年間25万件以上のペースで, 職業性RSIが発生しているという。これらの労災に伴う企業側のコストは,3兆〜6兆円にも上ると見積もら
れている。
【1】頸肩腕障害の定義
パソコン業務が普及する日本でも,当然ながら職業性頸肩腕障害が多いと思われるが,その多くは一般の健康 保険の下,様々な疾患名で診療されており,国レベルでの保険統計は出されていない。また,労災保険認定の敷
居が高いために,「手指前腕の障害及び頸肩腕症候群」の業務上認定は年間100件前後に過ぎない。
しかし,日本では海外に先駆けて,1960年ころから職業性頸肩腕障害が問題になっていた。女子事務労働 者(キーパンチャー,電話交換手,タイピスト,スーパーマーケットチェッカー,一般事務作業者など)の間に,
多数の罹患者が急速に現れた。それらの患者は,手指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,胸郭出口症候群(斜角筋症候群), 手根管症候群などと診断され,整形外科や治療院をにぎわせていた。その中には経過が難治で,症状の部位が広
範囲に及ぶ重症な事例も多く,そのような事例に対しては「頸肩腕症候群」という診断名が付けられた。
74年に日本産業衛生学会頸肩腕症候群委員会は,職業性頸肩腕症候群を「頸肩腕障害」と呼称し,表に示す ような定義をまとめ,提案した。この定義は,整形外科医の間では必ずしも歓迎されなかったが,臨床の場にお
いても,研究者の間においても,現在に至ってまだ十分に通用する定義と考えられる。
【2】頸肩腕障害の諸病態
RSI(反復性ストレス障害)とも呼ばれるように,まず手や手指の反復性動作による障害が挙げられる。手 指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,手根管症候群などである。
次には,長時間の姿勢や上肢保持による静的筋肉疲労による障害,疾患が考えられる。胸郭出口症候群(斜角 筋症候群)や項背腰部の筋筋膜炎症などである。
これらが慢性化,難治化することについては,神経因性疼痛(Complex Regional Pain Syndrome)と同様の病 態と考える研究者もいる。
また,書痙(Writer's Cramp)のように上記いずれの病態にも含まれない中枢性筋緊張冗進の病態機序も考慮 しなければならない。
そのほか,VDT(Visual Display Terminal)の眼科的な障害である近視やドライアイ,心身の全般的慢性 疲労などがある。
筆者らの病院のこれまでの30年間の臨床経験では,上記のいずれの病態,疾患も実際に経験されており,職 業性頸肩腕障害の構成部分であり得ると考えている。さらに今後,臨床経験や基礎的研究が積み重ねられることに
よって,より詳しい病態機序の解明がなされなければならないと考える。
業務による障害を対象とする。
すなわち,上肢を同一肢位に保持または反復使用する作業により,神経・筋疲労を生 じる結果起こる機能的あるいは器質的障害である。
ただし,病像形成に精神的起因および環境因子も関与も無視しえない。
従って,本障害には従来の成書に見られる疾患(腱鞘炎,関節炎,斜角筋症候群など) も含まれるが,大半は従来の尺度では判断しにくい性質の健康障害であり,新たな観
点に立った診断基準が必要である。
●表 頸肩腕障害の定義 日本産業衛生学会頸肩腕症候群委員会(1974)による
【3】頸肩腕障害が発生しやすい職種
筆者らの病院の受診動向からみると,頸肩腕障害の発生しやすい職種としては,具体的には,パソコン作業が 多い事務作業者,印刷・出版におけるいわゆるVDT作業,コンピューター関連業務,パソコン作業はそれほど
多くないが,介護・福祉・保育職場での管理・パソコン業務,歯科衛生士・検査技師,手話通訳者,などの職種 である(症例)。
また,頸肩腕障害が発症して重症化しやすいのは次のような場合である。(1)作業の内容や密度が職能熟練度 を超えて要求された場合(熟練度不足,人を減らした合理化,残業・長時間労働の慢性化,体調が悪いのに同じ
作業量を続ける)(2)作業者自身による動機付けの強さ(例えば,手話や手話通訳などボランティア要素がある 場合やコンピューター関連業務などにみられる出来高請負,職制兼務など)(3)作業環境(パソコンの配置や作
業机の広さ,照明,空調,願音など)の悪さ−。
症例
33歳女性。23歳から,ある企業の計算センターのコンピューター業務 に携わり,10年目になる。就職して2,3年目から肩凝りを自覚していた。 だんだんひどくなってきていたが,我慢し,休養をできるだけ多く取り,悪
化しないように気をつけていた。3年前から残業が多くなり始めた。月間残 業時間は40時間程度から,ピーク時には200時間になることもあった。1
年前から,(1)難聴(2)冷房が我慢できない(3)左手のしびれ(4)両手首・肘 関節部の痛み(5)項背腰部の痛み(6)目の疲れやすさ−などの症状がひどく
感じられるようになった。2ヵ月前に耳鼻科受診したが,原因不明の右耳難 聴と言われた。
診断書を書いてもらい2ヵ月前から休業療養になった。自分は職業病では ないかと考えて,インターネットで「職業病」と検索して芝病院を知り,受診した。
診察所見では,見たところやせていて,少し投げやりな態度が見られ,疲 れやすいのかと思われた。「凝りの広がり」は調べられず,指頭による叩打 法では,項背腰部から両下肢ふくらはぎ中央まで,頸部から両上肢手首まで
の非常に広範囲な部位にわたる痛覚過敏が見られた。握力・背筋力の計測で は右握力13〜15kg,左13〜14kg,背筋力24〜28kgであった。他
に神経学的異常所見はみられず,頸椎椎間板症を疑わせる所見も無い。検査 では,貧血無く,甲状腺機能異常も認められなかった。頸肩腕症候群という 病名に変更して引き続き休業と安静通院治療を指示した。幸い両親と同居で
家事負担はほとんどなく,半寝たきりのような状況で療養している。
耳鼻科の指示で休業休養開始して現在まで7ヵ月が経過したが,背筋力は 11〜18kgに低下している(休養初期悪化現象)。
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頸肩腕障害で難聴が見られるのはまれであり,本事例の難聴は別の問題か もしれない。それ以外の症状や障害は職業性頸肩腕障害に特徴的とみられる。 今後,握力20kg,背筋力40kgくらいにまでに回復したら,もっと積極的
な通院治療とリハビリを指導し,握力25kg,背筋力60〜70kgくらいに 回復したら再就労の方向を考える予定である。
【4】頸肩腕障害の診断
手指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,手根管症候群,胸郭出口症候群(斜角筋症候群)は,従来からの整形外科的疾患 として,比較的問題なく診断される。
しかし,項背腰部から下肢・頸部,上肢の広範囲にわたる筋硬や圧痛,易疲労性,脱力感については,X線や MRI検査による画像診断でも異常所見が認められず,「自覚的愁訴が多彩な割には他覚的所見が乏しい」とし
て臨床医が診断に苦慮させられるところである。
とはいえ,筆者らの病院では,手指腱鞘炎,上腕骨上顆炎,手根管症候群,胸郭出口症候群など局所障害以外 の職業性頸肩腕障害の全般的な他覚的所見を,次のようにして把握できると考えている。
(1)「凝り(筋硬)」の広がり
「凝り」の程度の客観的判定は不可能とまでは言えないとしても困難である。そこで「凝り」の広がりに着眼 して検査して記載する。頸椎椎間板症の椎間板性疼痛が合併している症例や,次に述べる痛覚過敏や半身感覚障
害を持つ症例では,それを避けて基準点を決め,身体背側部の各所を指で圧しながら患者に自己評価させる。
上項部から腓腹筋部までをチェックする。左右の広がり,腰部や下肢までの広がりは,病態の進展と並行する と考えられる。
(2)「痛覚過敏」の検査
圧痛検査は,約40gの強さによると決めていても,検査者による再現性は乏しく,トリガーポイントと言わ れるように点としての把握になる。また被検者である患者側からも,凝りと痛みの区別は難しい。
そこで,指頭による叩打法で検査すると,痛覚過敏の範囲を比較的容易に確定することができ,検者による変 動も少ない。また知覚検査と同様に,カルテ記載も容易であることも重要である。
実際,指頭による叩打法を用いて,「痛覚過敏」に着眼して,約180人の職業性頸肩腕障害の患者を検査し たところ,比較的大きな範囲に長期間固定的に痛覚過敏領域が認められたのは30人であった。これらの30人
はすべて,慢性・難治化した症例であった。
痛覚過敏領域では,圧痛検査はすべて陽性となるが,圧痛ポイントは必ずしも叩打法による痛覚過敏ではない。
(3)「半身感覚障害」
神経学の教科書に記載される半身縦割り型知覚障害は,ヒステリー障害の一つと言われているが,ここでいう 「半身感覚障害」はもう少し漠然とした知覚障害であり,患者は「体半分が何か重い膜が掛かったような不快な
感じで,寒冷に敏感」などと表現する。180人中5人くらいの頻度でみられる。
障害側の半身では,凝りの検査は不可能である。痛覚過敏とは合併することもある。
(4)握力・背筋力
「患者は,意識的あるいは無意識的に症状を重くみてもらいたいと考えているのが普通だから,背筋力測定を しても腰痛悪化の危険性が多いだけで無駄である」として,職業性頸肩腕障害に対する握力・背筋力測定の意義
を認めない臨床医や研究者は多い。
しかしながら握力・背筋力測定は,適切な指導を行えば安全に計測でき,しかも受診ごとの計測値を1ヵ月単 位で見ることによって病状の推移を適切に把握することができると筆者らは考えている。
20〜50歳女性では,握力左右25kg,背筋力70kgが大体の標準値である。これが,例えば握力左右15 kg,背筋力40kgくらいに低下してくれば,大幅な業務軽減あるいは休業療養が必要という判断の目安になる。
また,休業療養により病状が改善し,リハビリしていよいよ再就労という段階でも,握力・背筋力の測定値は 良い目安として用いられる。
【5】頸肩腕障害の療養・治療
(1)早めの思い切った休養を
ある程度重症化した症例では,就労のままでは,せっかく通院治療を重ねても改善せず,むしろ悪化,慢性化 していくケースが少なくない。
早めの思い切った休業・休養,通院治療が望ましい。この場合,実際には医師による診断書が必要なわけであ るが,そこでは職業性頸肩腕障害の疾患診断だけでなく,重症度診断区分が確立されることが必要である。これ
は,再就労可否の判断の際にも重要である。現状では,産業衛生学会頸肩腕症候群委員会や労働省の診断基準を 参考にして,患者が実際の業務遂行に現在どれだけの障害を感じているか,「慢性疲労度」はどの程度なのか,
などに着眼した具体的な判断が必要とされる。
(2)休養初期にみられる症状の悪化
大幅な軽減業務や休業・休養により改善するはずの症状や計測値にさっぱり改善傾向が見られず,逆に悪化し てそれが何ヵ月にも及ぶことがある。
「休養,休業しているのになぜ?」という逆説的な現象であるが,慢性疲労による頸肩腕障害の場合には,こ うした「休養初期悪化現象」が存在することが多い。この期間には,とにかく十分な休養,睡眠が必要なのであ
る。休業,休養の当初から「張り切って鍛える式の運動療法」をさせては逆効果である。
(3)治療
一般の病院や診療所で行われる治療としては,薬物療法と温熱療法がある。凝りや痛みに対する消炎鎮痛薬, 筋弛緩薬は初期だけにするか,少量にとどめることが多い。副作用として胃症状が出現することが多い。自律神
経失調症状の一つとしての胃症状にいわゆる胃薬を投与したり,睡眠障害に対して睡眠薬を投与することが多い。
温熱療法は,ホットパック,上肢パラフィン浴,マイクロ波などり一般的な方法があるが,運動療法やマッサ ージ治療などと組み合わせて行われることが多い。
また針灸,マッサージ,その他の非医療施設で行われる療法については,筆者らの病院では積極的に勧めてい る。その場合,もちろん適正料金で清潔・安全などの条件が満たされていなければならない。
通院治療の際には,休業の場合はもちろん,就労通院の場合にも,来院の曜日や時間を一定させて,一週間の 仕事・生活の中の疲労対策の一つとして,定期的に治療を受けてもらうことが重要である。
(4)運動療法
「鍛えて強くする式」の運動療法ではなく,基本はリラクセーションである。リラクセーションとしての運動 療法は約1時間,小集団で行われるのが望ましい。治療者や他の患者からのアドバイスを得ることができるし,
孤立しがちな療養に励みとなる。
(5)うつ病の合併に注意
頸肩腕障害自体に自律神経失調症状が含まれるが,それは心因性の障害ではなく,また「精神症状」でもない と考えられる。
しかし,どんな慢性疾患にも共通であるが,医療スタッフが見逃してはならないのが,うつ病を主とした精神 障害の合併である。職場や家族に分かりにくい病気である上,患者が一人で悩み,孤立することが多いため,う
つ病やうつ状態の引き金になりやすい。
うっかり見逃すと最悪の事態も考えられる。筆者らも,過去に実際に幾人かの自殺未遂,既遂の事例の経験が ある。その後,月1回,そうした精神障害を合併した患者などを対象に,スタッフ内で「気になる患者検討会」
を行い,早めの適切な対処ができるように心掛けている。
(2001.1 日経メディカル別刷 1月号 掲載) |
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■ 職場と家族のメンタルヘルス |
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港勤労者医療協会芝病院
専門は神経内科・労災職業病
労働共済連顧問医師
渡辺 靖之
過労自殺の多発
「過労死」は「セクハラ」と並んで,すでに立派な一つの概念となっています。「過労自殺」も平成11年9月14日の「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(労働省通達・基発544号)が出るにおよんで,ひとつのキーワードになった感があります。
最近の日本の労働者の置かれている厳しい状況の一面を表す言葉として,単に象徴的な言葉ではなく,実際に過労による自殺が多発していることを示しています。
ひとつには,いろいろな産業分野から極度の長時間労働のはてに精神消耗状態で自殺死した例が実際に,労働災害として認定されつつあります。
また,基盤にうつ病が潜在し,その上に過労による心身過労が追い打ちをかけることがあり,こうした事例は非常に多くにのぼると思われ,私たちの身のまわりにいつでも起こりうることなのです。もちろん私自身,あなた自身の身の上にもです。
対策のポイントは「過労対策」と「うつ病対策」の二面作戦となると思われます。
私の勤務している病院での自殺対策
私が務めている病院は労災職業病を専門のひとつにしており,じん肺や腰痛症,頸肩腕障害,産業中毒,振動病の患者さんが多いのです。1981年から1987年の7年間に職業病の患者さんの中から実に7人もの自殺(既遂)がありました。
自殺未遂の方はもつと多数にのばります。中にはこんな患者さんもおられました。60歳のじん肺患著さんで,重症の喘息発作重症状態が続くために長期間の入院を余儀なくされていました。ある日の早朝のこと,同室のやはり重症のじん肺症の患者さんが呼吸不全で亡くなられた2時間後のことでしたが,果物ナイフで喉を自らかき切ってしまったのです。20cmもパックリと開いた傷から気管や頸動脈が露出していましたが,切断されておらず,一命はとりとめました。患者さん本人も,看護婦さんも泣きながら傷の縫合をしましたが,この方はその2ヶ月後には喘息重症発作のために亡くなってしまいました。
自殺した7人の方がたや未遂の方がたを,どのような苦悩が自殺にまで追いやったのでしょぅか。その時に医療担当者の私たちは,もっとできることはなかったのでしょうか。苦い思い出を教訓にして,その後私たちは,いろいろな取り組みを重ねてきました。
気になる仲間 気になる患者
私たちの病院の職業病担当の医療チームは月1回の定期的な会議を開いていますが,そこには「気になる患者」というコーナーがあり,心配で気になる患者さんについて話し合いをしています。
医師の診察室だけではなく,マッサージ治療を受けながらいろいろな話をして治療者に聞いてもらえること,運動療法での経験交流で他の患者さんとも交流できること,受付係の職員にいろいろ話が問いてもらえること等から,患者の苦しい療養生活に少なくない励ましをもたらすことになるのだと思われます。
またキチンとしたケースワーカーの相談活動や,専門のカウンセラーによる相談活動が重要であることは,もちろんです。
労働組合の分会・サークル・家族などの小さな単位
職場でのメンタルヘルス対策として職場で期待されるのは,なんといっでも労働組合の役割です。それも分会単位の比較的小さな集団での「気になる仲間」の取り組みが大事だと思われます。定期的に会議が開かれて,そこで気になる仲間について話し合うことが出発点であると思われます。
うつ病対策は精神科受診にこぎつける事
うつ病であるかどうか,うつ病が潜在しているのかどうか,身体症状が表面に出ているけれども仮面うつ病であるかもしれません。
うつ病は精神科医の診断を受けて,適切な薬物僚法を受けることが大事です。そのためには,本人とよく話し合って精神科受診を進めることがまず第一歩です。
良い聞き手
では,職場やサークルの仲間や,家族の一人が元気がなく,落ち込んでいる様子,疲れ切っている様子に見える時,またしばらく姿をみせない,部屋に閉じこもりがちになっている時,どのように接するのがよいのでしょうか。
とにかく「良い聞き手」になるように心掛けることがまず第一だと思います。
人は自分の困難,苦悩が誰にも理解されないことが,一番辛く悲しいことなのだと思いますので。
ここでは人間関係(改善)の方法について,深い人間信頼(自己信頼感も含む)に基づいて,非常によく洗練されたシステムをつくりあげたドマス・ゴートンさんの考えを紹介いたします。
心の扉を開く言葉
人は時々,自分の気持ちや問題について話し始めるように勇気づけられることを必要としています。
「私はそ問題について話をしたいのですが」
「あなたはその問題について何か感じているようですが」
「その問題についてもっと話したいと思いませんか」
「あなたの言っていることを聞いています」
サイン
相手が言ったことを黙って聞く,うなずく,相槌をうつことがまず大切です。次には「あなたの言っていることを聞いています」という明確なサインを出すことが必要です。聞き手として,理解できたことを相手に返します。 |
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それが相手の聴いてもらいたかったことに近ければ,自分の問題,苦悩が理解してもらえたという気持ちが生まれ,とても良い励ましとなると思われます。
「はげまし」や「気休め」が良くないわけ
問題を抱えたり,悩んでいる人に対して,批判・非難,悪口を言う,バカにする,はずかしめるのはもちろん,探る・尋問する,お説教・訓戒,忠告・提案,講義・説諭等は決して励ましや勇気づけにはならないことは比較的分かり易いことです。
また,解釈・診断・精神分析も,ごまかし・注意をそらす・ユーモアで紛らわす,説得・同情・なぐさめる,称賛・おだてる,ことも決して真の励ましにはならないと言えます。なぜならば,これらの言葉の底には相手への真の理解がないことが多いからです。
慢性疲労症候群程度表
0:倦怠感がなく通常の社会生活ができ,制限を受けることなく行動できる。
1:通常の社会生活ができ, 労働も可能であるが, 疲労感を感じるときがしばしばある。
2:通常の社会生活ができ, 労働も可能であるが,全身倦怠感のため,しぼしば休息が必要である。
3:全身倦怠感のため, 月に数日は社会生活や労働ができす, 自宅にて休息の必要である。
4:全身倦怠感のため, 週に数日は社会生活や労働ができず,自宅にて休息が必要である。
5:通常の社会生活や労働が困難である。軽作業は可能であるが, 週のうち数日は自宅にて休息が必要である。
6:調子の良い日には軽作業は可能であるが週のうち50%以上は自宅にて休息している。
7:身の回りのことはでき, 介助も不要であるが, 通常の社会生活や軽労働は不可能である。
8:身の回りのある程度のことはできるが,しばしば介助がいり,日中の50%以上は就床している。
9:身の回りのこともできず,常に介助がいり,終日就宋を必要としている。
(厚生省慢性疲労症候群研究班・1992年)
[ 3項目以上該当した人は, 医師の診断が必要である ]
メンタルヘルス・過労チェック
A 睡眠
(1)寝付きが悪い
(2)眠りが浅く一晩に何度も目がさめる
(3)集付きガ悪く眠れず朝早く目が覚める
B 気力
(1)朝のうちは調子が出ず,午後は幾分がよくなる
(2)仕事の能率悪く,おつくうで根気がない
(3)会社に出たり人と話し合うのがいやになる
C 意欲
(1)仕事がいやでよく休む
(2)仕事に張り合いがなく, 仕事の展望がない
(3)何のための仕事をしているかわからなくなる
D 気分
(1)理由なくイライラして落ち着きがなくなる
(2)自分が別世界の中にいるような感じがする
(3)回りから怠け者とか人が変わったといわれる
E 不安感
(1)ゆううつで気分が沈みがちである
(2)身体のことが気になって仕方がない
(3)なにか悪い病気にかかっている様な気がする
F 展望
(1)人生がつまらなくて生きていく自信がない
(2)人のいない静かな山や海のそばで暮らしたい
(3)買物や人に会いに出かけるのがいやになった
G 集中力
(1)本を読んだりテレビをみる興味が無くなつた
(2)服装,化粧,ファッションに関心が持てない
(3)家事や片づけものするのがいやでたまらない
H 食欲
(1)食事が進ます物の昧がしない
(2)胃や腸の具合ガわるい
(3)のどの奥に物がつかえる感じがする
I 感覚
(1)目が疲れやすい
(2)騒音が気になる
(3)頭痛がしたり,頭が重い
J 疲労感
(1)身体がだるく疲れやすい
(2)首すじや肩がこって痛んだりする
(3)胸に圧迫感があったり動悸,息切れがする
30問のうち該当数が,全体の合計で5個以上該当する場合は,AからJまでのどの項目にそれが集中するかを調べ,どのような性質の不調と疲労の内容があるかによって対処の方向を考えてみることで
す。10個以上の場合は,何らかの措書をとる必要があります。このためには,どの項目か多くなっているかにより,精神疲労・ストレスの内容を検討し,精神科医等による相談も必要です。20個を超える場合は,ただちに何らかの措置をとるようにし,職場,家族の人が協力して医療的ににも生活的にも支えていく体制をつくることを考えましょう。
(働くもののいのちと棚を守る全国センター発効の「過労死予防手書」より)
●参考文献●
●心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について:
労働省通達(基発544号)平成11年9月14日
●ゴートン博士(アメリカの心理学者)の 親に何が出来るか「親業」:
近藤千恵・中井幸美子訳,三笠書房,1991年(平成3年)
(2000.4 労働共済連 春季号 掲載) |
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■ 過労による病気=職業病 |
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顧問医師 渡辺靖之
職業病性頸肩腕障害,職業性腰痛,自律神経失調症
仕事のせいで「頸やかたのこり」や「慢性の疲れ」で悩んでいる人はいませんか。健康診断や人間ドックでは 特に異常がみあたらず,内科や整形外科にかかっても,ただの疲れといわれるだけで,重いのか軽いのかもさっ
ぱりわからない,という人はいませんか。昔も今も,仕事以外のことから「頸やかたのこり」,「慢性の疲れ」 がくることはめったにあるものではありません。長い人では特にそうです。あなたも職業病にかかっている可能
性がありますよ。
□近年の職業病の特徴
1950年代までは,職業病とは特別に有害・危険なものをあつかっている,あるいは特別に悪い労働環境で 働いている鉱工業労働者だけにおきる特別な病気だとおもわれていました。たとえば職場を汚染しているいろい
ろな有害,有責物質が体にはいったり,皮膚・粘膜をおかしておきる塵肺症,鉛中毒,有機溶剤中毒,皮膚炎な どの病気,ひどく暑い所で働いている人におきる熱中症,騒音性難聴などの病気です。
1960年前後から日本は技術革新,高度経済成長の時代になり,これまでにない労働生産性の向上,人べら し合理化,労働強化が急速におしすすめられ,ひろがっていきました。そしてたちまちのうちに,従来型の労働
の環境条件や有害物質の取扱いよりも,業務における頭と体の使い方そのものや,労働用具の性質,性能に原因 がある健康破壊が,これまで職業病などとは全然関係ないとおもわれていた職種で大問題となってきました。
□事務労働者の職業病
まずキーパンチャー病にはじまり,打鍵作業の有無に関係なくほとんどの事務作業労働,電話交換手,速記者, 印刷産業の植字労働者などにひろがっていった職業性頸肩腕障害です。ついでスーパーマーケットのチエツカー
の間にもひろがり,1980年代にはVDT(注)障害が大きな問題になりました。
□教育・福祉労働者の健康障害
機械化がすすんだわけでもなく,危険・有害物質に接触することもないのに,業務疲労・過労から重大な心身 不調をおこす人が激増したのは教育と福祉労働の職種です。
1960年代後半から,保母や教員の業務疲労による健康障害の問題は十分な改善がなく今にいたっています。
1970年代からは,障害児・障害者の教育・養護施設の急増を追って,これらの施設で働く教員,保母,介 護の職種の人々の間にはさらに深刻な健康障害が多発するようになりました。
□過労性腰痛
1960年代の半ばから,多くの生産や運輸の現場労働も機械化の進展による作業量の急増に労働強化・過密 化で対応することが強制され疲労・過労による健康障害か多発する事になりました。新聞産業では高速度輪転機
の導入,鉛板を運ぶベルトコンベアーの導入,そして増員なしの増べ−ジ,増版が進む中で20キロにおよぶ鉛 板を輪転機に着脱する作業の密度がいちじるしく高められて腰痛の多発をおこしました。
空港の荷物・貨物の積み下ろし作業での腰痛,スチュワーデスの腰痛が多発しました。
□最近は海外諸国でも問題に
職業性頸肩腕障害は従来,もっぱら日本だけの問題だったかの観がありました。しかし過労性疾患は日本だけ の問鹿ではあるはずはありません。
実際,1975年オーストラリアの労働衛生学者達の中でRSI(反復過労性障害)として注目されてきまし たが,その後は腱鞘炎のような器質的障害とみなすにとどまり,過労性疾患としての研究がすすめられなかった
ようです。
また最近アメリカとカナダの労働衛生学の領域でもこのRSI(反復過労性障害)にかんする症例報告や総説 が多くみられるようになっていますが,「手根管症候群」として手指の限局した器質的障害と診断,治療されて
いるにとどまっているようです。
□過労性疾患としてのとらえ方
日本では林業性頸肩腕障害がもっとも多発した1960年代の総まとめとして1972年に日本産業衛生学会 「頸肩腕症候群」委員会の統一見解がだされました。「(定義)業務による障害を対象とする。すなわち上肢
を同一肢位に保持,または反復使用する作業により神経,筋の疲労を生ずる結果おこる機能的あるいは器質的障 害である。ただし病像形成に精神的因子及び環境因子の関与も無視しえない。従って本障害には従来の成書に見
られる疾患(腱鞘炎・関節炎・斜角筋症候群など)もふくまれるが,大半は従釆の尺度では判断し難い性質のも のであり,あらたな観点に立った診断基準が必要である。」 |
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今から考えてみても,この見解は事実に基づいたものであり,その後の過労性疾患研究の発展をうながす意味 でも非常に進歩的な見解であったといえます。当時の良心的な労働衛生学研究者や臨床医師の努力の結晶です。
一方これに対して多くの整形外科医や企業の産業医はたとえば次のような考え方をしました。「職業性頸肩腕 障害は,職業的,心理的因子が大きく蘭与しているものの,体質的素因に加わった相対的荷重負荷による上肢帯
と項部筋の疲労である」(慶応大学医学部整形外科平林助教授)。とくに心理面,体質面を重視した筋疲労説で す。
この見解には,二つの問題点があります。心理,体質面という労働者の素因を重視することによって業務起因 性を曖昧にすること,問題を筋疲労に限局することによって全身的な心身不調は精神:心理的問題として業務疲
労とは関係ないこととみなしてしまうことです。
□今もさまざまな職種から発病
今も業務による疲労・過労に原因が求められる健康障害は後を絶ちません。私たちの病院の外来にも様々な職 種からの患者さんが来院しています。
VDT入力を含めてほとんどの事務作業,デザイン関係の入力作業,検査技師,歯科医師や歯科衛生士,最近 特に多いのは手話通訳者の健康障害です。
過労性腰痛の女性ではスチュワーデス,保母さんの腰椎捻挫,背腰痛,看護婦の背腰痛,頸肩腕障害,管理労 働者の自律神経失調症などです。
□過労のはて
過労の連続の結果は一体どのような病的状態になるのでしようか。職業性頸肩腕障害の多発職種であるキーパ ンチャー,VDT作業者では,作業の能率を極度にあげるため,全身疲労や精神的疲労は極力排除されており,
「一点集中」の反復作業を正確,迅速に長時間にわたって遂行することを「強制」されているのが特徴です。こ のような作業では筋肉(腱)の疲労現象よりも運動のコントロール中枢である神経系統(脳)の「疲労」現象が
本質的な問題であるとみることが妥当ではないでしようか。
事実として,キーパンチャー病,VDT障害の重症・難治の患者さんでは,共通の基本的な病状としては(1) 異常な疲労感,異常に過度の疲れやすさが何年も頑固につづく。(2)全身広範囲な手から足の裏にいたるまでの凝
り,痛み,過度の凝りやすさ,なおりづらさの持続。(3)目や耳の過度の疲れやすさ。(4)暑さ,寒さにたいする 適応の障害。などが認められます。
重症者の多くの方には次のようなことが見られます。診断がついて休業の指示が出されるまでは何とか働きっ づけていた罹病者も,休業しはじめると,かえってどんどん状態が悪化し,一時は寝たりおきたりで家事も出来
ないないという状態になります。そして上記の(1)〜(4)のような心身不調のため何ケ月〜何年もの休業治療をよ ぎなくされることもあります。
□職場での自己診断法
過労性疾患(職業性頸肩腕障害,職業性腰痛,自律神経失調症)は通常の健康診断や人間ドックで発見,診断 されることはありません。また心身の不調のために普通の内科や整形外科を受診しても多くの場合は従来からの
疾患である「腱鞘炎」や「関節炎」と診断されたり,ただの「かたこり」や単なる「疲れ」といわれることもあ ります。
そこで,この過労性の病気については自己診断が重要なのです。
普通の肩こりが,だんだん強まり,異常なほどつらく,痛い,疲れやすさが異常に強い,仕事が終わって帰宅 しても食事や入浴する元気もなく,まず横になって休まなければならない。せっかくの休日は朝起きるのがひど
くつらい。一日に何回も横になって休む。でかける元気もない。
このような状態であれば過労性の病気である可能性は非常におおきいと思われます。ぜひ,私たち専門の医療 機関に御相談下さい。
注:VDT(Video display terminal コンピュータの端末で,文字や図形を表示するブラウン管・液晶など の装置。(岩波書店『広辞苑』による)
(1994.10 労働共済連 秋季号 掲載)
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